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今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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ホリゾンブルー

 あふれるほどの青色に囲まれているというのに、
 まだここは目指した場所ではなかった。

 ――天国。

「ユウバリ」

 腕の中を覗く。
 本来は自分が着るべき黒いコートに包まれて、女が眠っている。
 赤い髪、目を開けばその色も深紅だ。

 天界へ還りたいと願う女の、その深紅の瞳はもう二度と見ることはできないだろう、
 ディールはそう感じていた。

 いや、そうではない。

 次に深紅の瞳が自分を映すときは、
 彼女の最後なのだろう、
 と、 男は確信していた。
 だから深紅の瞳をもう二度と見ることはないだろうと、そう、願った。

 広がる海岸に立ち、砂を踏みしめ、海に向き合う。
 空の青と海の青は、自分に迫ってあふれてきそうだった。

 これだけの青に包まれているのに、ここは天界ではないんだな。

 天国。青空に浮かぶ、天使たちの国。
 青に包まれた、平和な世界なのだろう。
 自分は決していくことがないだろうその世界を思い浮かべて、
 ディールは目を細める。

 水平線がずっとずっと遠く、空と混じり合って消えていく。
 空の青も海の青も混じり合って、境目はどんなに目をこらしても見えなかった。

 ああ。
 きっと。

 空の青と海の青が混じり合ったあの色の向こうには、
 きっと目指す場所があるのだ。

 ディールは遠い水平線を眺め続ける。

 境目はやはりわからなくて、
 天国のかけらも見つけることはできない。

 悔しい。
 自分が飛ぶことができたなら。
 ユウバリを連れてあそこまで帰ることができるのに。

 彼女の翼は燃えてしまっていて、飛ぶことはできない。
 翼を持たない自分は彼女を抱いて、自分の足で前に進むしかない。
 地を這ってゆくしかない。

 腕の中の女を伺う。
 元々表情の少ない彼女は、
 青色に包まれた今、やんわりと笑っているように見えた。

 そんなわけはないのにな。
 ディールも、小さく苦笑する。

「行こうか」

 きっと連れて行ってやるから。

 ユウバリを起こさぬよう、そっと抱き直す。
 ディールは行くことに決めた。
 皮のブーツ越しに波の感触がした。
by plasebo55 | 2004-11-19 22:19 | オリジナル小説