動因
2005年 05月 18日
よくわからない。
「そりゃあそうやろ、冬司はんのことやもの」
理解しようと思う方が無理なのだ。それに理解しなくても自分の行動に障りはない。必勝の作戦であろうと、玉砕の覚悟であろうと、誰かを疑っていようと、それは冬司が心配するべき事で、自分のすべき事に大差はない。
「それはそうやけどな」
障りはなくても、不可解さは残る。ジャックは基地の通路を歩きながら思う。新調したダウンジャケットは、マルガリータにあげてしまったものより暖かいが色が気に入らない。それに。
「なんやろ」
ジャケットの上から互いの腕を押さえる。ぴりぴりと肌がざわつく。静電気かとも思ったがどうも違うようだ。脈拍がいつもより多い。口が渇く、不快感。
緊張感だ。緊張している、自分が。
「緊張ってこんなやったな」
作戦前でさえ、緊張を感じることはなかった。命を賭けることになっても、自分は緊張することはないのだと、そう思っていた。
高揚感はある。自分から前に進み出ていくための駆動感。けれどこの後ろから無理矢理押し出されるような切迫感は久しぶりだった。この感覚がたしか、緊張感。舌で唇をしめらせる。
――各人に作戦は伝えてある。これから行う会議は、作戦の一部だ。作戦開始の号令以外従う必要はない。
冬司の言葉を思い出す。どういう事かと問い返すと、冬司は珍しく言葉を選んだようだった。視線を一度そらした。
――おまえは基地を出た後ポイントに向かわず、単独で基地に戻れ。それでわかるはずだ。
「わかる、はず」
おまえでも多分わかるだろう、というのではない。誰でもわかるほどの決定的な何かがおこるはずだ、と言う意味だ。冬司は確信しているのだろう。それを自分に確かめろ、と言っている。
「なんやろな。冬司はんのいうのは」
足を止める。もともと足音はほとんど無い。静寂は変わらないが、運動をやめたことで冷たい空気が体にまとわりつく。
「なんや」
ざわりと、肌が泡立つ。総毛立つ感覚。
そんなはずはない。自分の直感を否定する。今この基地には、自分しかいないはずだ。
「ウソや」
走り出す。空気の流れに、わずかに混じる、命の気配。嘘だ、と繰り返す。記憶が呼び覚ます、恐怖。運動以外の理由で心拍数が多くなる。人死にのにおいだ。絶命の音。ジャックはきつく目をつぶり、かぶりをふる。このまま行けば人の死に直面する予感。けれど、それでも走ることをやめられなかった。
「WS!」
通路を曲がって、叫ぶ。通路に座り込んだ男に、誰だと尋ねる必要はなかった。
「何でここに……どうしたんやこれは」
傍らに膝をついてスコッチの表情を覗き込む。膝に濡れた感触、視線を落とすと血だまりに膝をついていた。
「休憩中だ」
「あかん、喋んなや」
蒼白な顔に鮮やかな赤。あふれた血で唇を染めて、スコッチ。いつもの人を斬りつけるようなバリトンは見る影もない、がさがさのかすれた声。
「おまえが聞いたんだろ」
「黙りや、傷に障る」
どうして、こんなことになったのか。聞きたい気持ちを飲み込んで相手を診る。酷い出血だ、まだ意識を保っている事が驚きだった。手が震える。軽口を叩く相手につきあう余裕がない。
「俺を、生かすな」
腹を押さえていた手を掴む。出血は腹部から。銃創だ。撃たれたのだ。
「うっさいわ。死にたいんやったらワタシに見つかるんやない!」
叫ぶ。
「馬鹿だな」
「バカってなんや」
なんで、自分の前で死ぬのだ。自分はもう、人が死ぬのは見たくないのに。
「おまえの方がバカなんや」
薄く表情を貼り付けたまま、スコッチは動かない。反射的に脈をとる。まだ生きている。
応急当て、いや、ファーストエイドキットを取りに行くより本人を運んだ方が早い。マルガリータの部屋まで運べば、あそこなら治療器具もそろっている。瞬時に判断して現在位置を確認する、マルガリータの部屋は遠くない。
「なんで笑ってるんや、死なれへんぞ」
はき出すように言うと、ジャックはスコッチを抱き上げた。
「そりゃあそうやろ、冬司はんのことやもの」
理解しようと思う方が無理なのだ。それに理解しなくても自分の行動に障りはない。必勝の作戦であろうと、玉砕の覚悟であろうと、誰かを疑っていようと、それは冬司が心配するべき事で、自分のすべき事に大差はない。
「それはそうやけどな」
障りはなくても、不可解さは残る。ジャックは基地の通路を歩きながら思う。新調したダウンジャケットは、マルガリータにあげてしまったものより暖かいが色が気に入らない。それに。
「なんやろ」
ジャケットの上から互いの腕を押さえる。ぴりぴりと肌がざわつく。静電気かとも思ったがどうも違うようだ。脈拍がいつもより多い。口が渇く、不快感。
緊張感だ。緊張している、自分が。
「緊張ってこんなやったな」
作戦前でさえ、緊張を感じることはなかった。命を賭けることになっても、自分は緊張することはないのだと、そう思っていた。
高揚感はある。自分から前に進み出ていくための駆動感。けれどこの後ろから無理矢理押し出されるような切迫感は久しぶりだった。この感覚がたしか、緊張感。舌で唇をしめらせる。
――各人に作戦は伝えてある。これから行う会議は、作戦の一部だ。作戦開始の号令以外従う必要はない。
冬司の言葉を思い出す。どういう事かと問い返すと、冬司は珍しく言葉を選んだようだった。視線を一度そらした。
――おまえは基地を出た後ポイントに向かわず、単独で基地に戻れ。それでわかるはずだ。
「わかる、はず」
おまえでも多分わかるだろう、というのではない。誰でもわかるほどの決定的な何かがおこるはずだ、と言う意味だ。冬司は確信しているのだろう。それを自分に確かめろ、と言っている。
「なんやろな。冬司はんのいうのは」
足を止める。もともと足音はほとんど無い。静寂は変わらないが、運動をやめたことで冷たい空気が体にまとわりつく。
「なんや」
ざわりと、肌が泡立つ。総毛立つ感覚。
そんなはずはない。自分の直感を否定する。今この基地には、自分しかいないはずだ。
「ウソや」
走り出す。空気の流れに、わずかに混じる、命の気配。嘘だ、と繰り返す。記憶が呼び覚ます、恐怖。運動以外の理由で心拍数が多くなる。人死にのにおいだ。絶命の音。ジャックはきつく目をつぶり、かぶりをふる。このまま行けば人の死に直面する予感。けれど、それでも走ることをやめられなかった。
「WS!」
通路を曲がって、叫ぶ。通路に座り込んだ男に、誰だと尋ねる必要はなかった。
「何でここに……どうしたんやこれは」
傍らに膝をついてスコッチの表情を覗き込む。膝に濡れた感触、視線を落とすと血だまりに膝をついていた。
「休憩中だ」
「あかん、喋んなや」
蒼白な顔に鮮やかな赤。あふれた血で唇を染めて、スコッチ。いつもの人を斬りつけるようなバリトンは見る影もない、がさがさのかすれた声。
「おまえが聞いたんだろ」
「黙りや、傷に障る」
どうして、こんなことになったのか。聞きたい気持ちを飲み込んで相手を診る。酷い出血だ、まだ意識を保っている事が驚きだった。手が震える。軽口を叩く相手につきあう余裕がない。
「俺を、生かすな」
腹を押さえていた手を掴む。出血は腹部から。銃創だ。撃たれたのだ。
「うっさいわ。死にたいんやったらワタシに見つかるんやない!」
叫ぶ。
「馬鹿だな」
「バカってなんや」
なんで、自分の前で死ぬのだ。自分はもう、人が死ぬのは見たくないのに。
「おまえの方がバカなんや」
薄く表情を貼り付けたまま、スコッチは動かない。反射的に脈をとる。まだ生きている。
応急当て、いや、ファーストエイドキットを取りに行くより本人を運んだ方が早い。マルガリータの部屋まで運べば、あそこなら治療器具もそろっている。瞬時に判断して現在位置を確認する、マルガリータの部屋は遠くない。
「なんで笑ってるんや、死なれへんぞ」
はき出すように言うと、ジャックはスコッチを抱き上げた。
by plasebo55
| 2005-05-18 00:26
| オリジナル小説