今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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タグ:ふつうを捨てた街 ( 5 ) タグの人気記事

ふつうを捨てた街 5

 こんなことを、よもや自分が口にするとは思わなかった。自分の声を聞いて唖然とする。

 私は、なんだ、だと?

 こんな言葉を口にすることになんの意味があるのだ。こんな言葉にどんな意味があるというのだ。だいたい、なんだ、とは。誰だ、でさえない。
 意味を探す意味さえない言葉。ただの風音と同じだ。

「今のは、違うんだ」

 自分の世界がぐるりとまわる感覚を押さえつけて、言う。女はピンクの瞳で私を見ていた。まっすぐだが、なにも映らない瞳。意味を持たない視線。

 意味を持たないのは、私だ。
 名前も、なぜこの街に来たのかも、朝飯のメニューも、家族の顔も、なにも、覚えていない。私の中にはなにもない、誰とも繋がれない。

「違わないのだわ」

 ガラス玉のような瞳だった。意味を持たない瞳、けれどまっすぐに自分を見ている赤い瞳。

「違わない……って、なにが」
「あなたは死んだ」

 正直、よく理解していなかったんだろう。
 夢だと思ったんだ。そうでなければ、こんな冗談に意味なんかない。

「一時的に記憶が飛んだのだわ。正確に言うと、今、あなたの自我が再生しつつあるところ」
「じゃあ、ここは死後の世界だっていうのか」

 頬がひくつく。
 女は笑った。満面の笑みで。

「まあ、そんなものだわ」

 ふわりと髪がゆれた。
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by plasebo55 | 2006-02-11 12:07 | オリジナル小説

ふつうを捨てた街 4

 光を浴びる感覚。本来は重さも何も感じないはずの光が、私に舞い降りる。

 通りはとても明るかった。赤を基調とした煉瓦の舗道はずっと続いて下っている。街は緩やかなすり鉢状になっているようだった。建物は、みな低い。せいぜい三階建てと言ったところだろう。青と濃い藍色の屋根の教会がひょこりと頭を覗かせている。

 街の中心に駅はあるという。私は女を見失わない程度に空を見上げて歩いた。通りには人があふれていたが、おかしな行動の人間が多数いた。先ほどの後ろ向きの男もいたし、雨傘を差して歩く女、小さな煉瓦を一マスずつつま先で踏んで歩く男、往来の真ん中に寝転がって詩を朗読する老人など。いちいち驚いて女に聞いたが、女の返事は相変わらず「あれでいいの」だった。次第に尋ねる気がなくなった。

 かまわないでいればいい。

 私は空を見上げて歩く。雲はない。青い空は何にも隠されることなく、延々と広がっている。落ち着く、いつも通りの青、普通の景色。

 すり鉢の底に着くまでに、そう時間はかからなかった。

「着いたのだわ」

 女が言ったとき、私は唖然とした。

「ここ、か?」

 私を振り返って女が頷く。

 それは二階建ての大きな建物だった。赤煉瓦造りの外壁に時計の針は二時五分を示している。煉瓦造りの建物が真ん中にぽつりと、何にもつながらず建っている。周りは広場になっていて、植え込みなどもあって整備されていたが、ひどく閑散としていた。

「ここが、駅?」

 からかっているのか? 顔が引きつるのがわかるが、女は至極当然といった風に、ええ、と言った。

「だって、駅に行きたかったんでしょ?」

 確かに、私が言ったのだが。女は私の様子に驚いた様子も、不満げな様子も見せなかった。おもしろがるそぶりも、あきれたそぶりも、なにもない。

「これが駅なものか!」

 女の様子にひどく不安になって、私はいらだって、叫んでいた。
 駅というのは人が移動するための場所だ。こんな場所ではないはずだ。 

「駅って言うのは」

 もっと――

 言いかけて、喉が凍り付く。

 もっと……なんだ?
 言葉がでない。自分の思い描いていた駅というものが、説明できない。言葉を忘れたんじゃない。無かったのだ、自分の思い描いていた駅というものが。

 まさかまさか。ごくりとつばを飲み込む。頭は必死に「駅」探す。自分の住んでいる街の「駅」はこれではない。確信がある。けれど、なにが違う? どう違うというのだ? 自分の住んでいる街も、こことは違う、こんな普通じゃない街、私は知らない。知らない――

「私は」

 女が私の顔を覗き込んでいた。不思議がるでもない、感情のないピンクの瞳に、私が映っている。

 私は笑った。笑おうとした。震える唇で、こわばる顔で。

「私は……なんだ?」
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by plasebo55 | 2005-12-16 16:28 | オリジナル小説

ふつうを捨てた街 3

 女は立ち上がって、伸びをする。それから。

「じゃあ、行くのだわ?」

 そういった。

「ま、待ってくれ」

 慌てて呼び止める。女はまた、注文を聞きに来たウェイトレスのような顔をして私を見上げる。

 どこへ行く?

 そう言おうとして私にはその権利がないことに気が付く。

 私は彼女のなんなのだ。親でもない、恋人でもない、友達でも、知り合いと言うほどの関係でもない。私は一方的に恩を受けたが、彼女は恩など売ったつもりもないかもしれない。彼女が私を置いてどこへ行こうと、引き留める権利は私にはない。

「……駅は、どこだ」

 この街に、一人放り出される。思うと、ぞくりと背が震える。

 この街は普通じゃない。こんな街、私は知らない。ここは、どこだ?

 一人になることに恐怖を覚えることがあるなど、思いもしなかった。大の大人のこの私が、子供でもあるまいし、言葉も通じる街で、迷子でもあるまいし、見知らぬ街に不安を覚えるなど。

 おかしい。だいたい私は、ずっと一人になりたかったはずだ。

「駅に行きたいの?」
「あ、ああ」

 女が首をかしげる。ふわふわの髪が揺れる。

「わからないか?」

 思案げな女の様子に尋ねると、彼女は頭を振って歩き出した。

「こっち。まだ早いと思うのだけど」
「……早い?」

 聞きとがめる。女の後ろ姿がくすりと笑った。先に歩き出した女の後ろを追って小走りになる。

 小道から通りへと。視界が開ける。空からの光を十分に受けて、通りはにぎやかで明るかった。
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by plasebo55 | 2005-12-13 16:29 | オリジナル小説

ふつうを捨てた街 2

 首を中途半端に絞めているネクタイをいじりながら、私は視線だけで周りを見回した。アパートもその隙間の小道も、腰掛ける階段も、大まかに整形された石が並べられて作られていた。かといって灰色の街、という訳でもない。赤や黄色みを帯びた石や、緑がかったものが所々に混ぜられて、明るく柔らかい印象をうけた。

 たった三段ばかりの階段の一番下に腰掛けている。隣には女が座っている。
 横目でちらりと確認する。無理して手を伸ばせば肩を抱けそうだが、ぴったりと隣り合っているというわけではない。微妙な距離を開けて座っている女は、のどかな様子で空を見上げていた。もしかするとアパートの間に翻る洗濯物か、はたまた別の何かを見上げているのかも知れなかったが。
 とにかく、上を向いていた。

「ちょ、ちょっと待て」

 思わず立ち上がる。

 今の、と言いかけて女は見ていなかっただろう、と口をつぐむ。前を見ていたのは私だけだ。アパートの隙間から見える通りを見ていたのは。

 女が注文を聞きに来たウェイトレスのような曖昧な表情で私に首をかしげて見せた。

「今、後ろ向きで……」

 声が小さくなる。アパートとアパートの壁で区切られた通りを、行き交う人々は一瞬で通り過ぎる。見間違いだったかもしれないと、言葉を吐きながら思う。意識して見ていたわけではないのだし。
 けれど、黙ってしまうとまた先ほどの光景は確かに自分の見えたとおりだったという確信がわき上がる。

 人が、後ろ向きで歩いていた?

「ああ」

 女の、なんて事のないような、声。びっくりして女を見ると、彼女は通りに目をやっていた、今はいないその人を見るように。
 上から覗く横顔が、ほんの少しだけ笑っている。

「あの人は、いいのだわ、あれで」

「いいって」

 開いた口がふさがらない。

「前向きに歩いたら時間は進むのだから、後ろ向きに歩けば時間は戻る。そういう理屈なのだわ」

「そんなわけ」

「そうね」

 そんなわけがない。言いかけた言葉を遮って、女は楽しげに笑って同意する。膝の上に片方頬杖をついて、目を細めた。

「……ふつうじゃない」

 そんな理屈をこねて後ろ歩きをする人間も、それを認めるような発言も。誰も騒ぎ出さないことも。

 上から女を見る私の目は、疑惑を通り越して嫌悪の色を帯びていただろう。睨むようにして女を見下ろしたが、女は頬杖をついたまま通りを見ていて、こちらに気が付いた様子はなかった。
 くすり、と笑い声を漏らす。

「ふつうはないのだわ、この街は」

 女は言うと、立ち上がって伸びをした。
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by plasebo55 | 2005-11-25 22:52 | オリジナル小説

ふつうを捨てた街 1

 視界は朱色とセピア色の間を行ったり来たりしていた。
 がくり、がくりと足がもつれるたびに景色が揺れる。
 地面が近づいて、どさり。頭をぶったようだが痛みは感じなかった。

 死んだな。

 死んでない、と言う力は残っていなかったので、私は黙ったまま目を閉じた。


「ああ、目が覚めた?」

 目を開けたときにおかしかったのはその声だけで、視界は正常だった。アパートとアパートの壁の隙間から、青い空が見える。窓と窓を繋ぐ物干し用のロープが、所々青空を区切っている。空の色は青じゃない、というのなら目はおかしなままだが、幸いそういう声は聞こえなかった。耳も正常なようだ。

 死んでない。死んではいないが、死んでいない理由に思い当たらない。

 背中に触れる感触はひどく堅いが、頭の下は柔らかく、暖かい。右手を上に、左手を背後に向けて伸ばす。左手は、予想通り、冷たいコンクリート、段差があり、見るとたかだか三段程度の緩い階段に寝そべっていた。
 右手が頭のしたにあるものに触れる。柔らかい。

「膝だよ、それ。腿、大腿部。腕枕の方がよかった?」

 上から、声が降る。顔を覗き込まれた。影を落として、ふわふわの髪の女が顔を近づけてきた。

 慌てて、手を引っ込める。

「な、なにを」
「なにを?」

 けらりと笑って、女が顔を離した。自分の後ろに腕を着いたのだろう。軽く胸を反らした姿勢。
 私は顔を赤らめて、体を起こした。女、といってもまだ私の半分ほどの歳だろう。少女、とは呼べないだろうが、それでもかなり若い。

「見知らぬ男に膝枕なんかして、おかしいだろう」
「おかしい?」

 どもる言葉に、のど元に手をやると、ゆるめられたネクタイに触れる。上着は脱がされているがスーツ姿は変わりない。ネクタイを締め直すべきかそのままほどいてしまうか、曖昧な手つきでそれをいじりながら、横目でこっそりと女を見た。女はさらに幼い仕草で指先を顎に当てしばし悩むように首をかしげた。

「呼吸あり、脈拍あり、心肺蘇生の必要なし。安静確保。おかしいところ無いと思うのだわ」

「……おかしいだろ」

 つぶやく。女はそう?と首をかしげた。

「襲われたらどうするんだ」

 それも、こんなに人混みのないところで。警戒心をちっとも見せない女を半ば睨むようにして見る。女は今まで私の頭があった膝に手を置いて、少し前に屈むようにして私の顔を見る。

「あたしの体を抱いたら、生きてはいられないのだわ」
「やくざにでも囲われているのか?」

 驚いて、逃がしていた視線を、まっすぐ女に向けると、女はまたけらけらと笑い出した。女の瞳は不思議な色をしていて、赤を薄めたようなピンクの色をしていた。

「そんなわけないでしょ」

 なにが、そんなわけないんだ?

 頭の中が混乱する。やくざに囲われているわけがないのか、その前の言葉自体が嘘なのか。

 混乱する私を見透かすよう、女はけらけらと笑い続けた。
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by plasebo55 | 2005-11-15 23:27 | オリジナル小説