今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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後日

「なんや、知らんかったんか」

 隠さずに意外そうな顔をされて、ツィクルスは鼻の頭にしわを寄せた。ついでに唇もとがらせる。ジャックはその顔を見て笑うと、ひらと顔の前で手を振った。

「まあ、そんな顔せんで。サンタクロースいうんは、クリスマスにあわせて雪山から下りてくる御仁のことや」
「クリスマスに?」
「そうや。七人おる。みんな冬のスポーツの達人でな、温泉好きなんや」

「……それ、担いでない?」

 ツィクルスが半眼になると、ジャックはそれでもまじめな顔をして、ないない、とまた顔の前で手を振る。

「それでな、クリスマスの晩には子供にプレゼントを配って歩くんや」
「ふうん。それでいい子にしてなさいねって言うわけだ」
「そうや。なんや、知ってるんやないの」

 まあね、と口にしたツィクルスはもうサンタクロースには興味が無くなったようだ。父親のことを思い出したのだろう。 ジャックもツィクルスと彼の父親とのことは大まかながら聞いていた。父親としての人格の疑わしい人らしかった。
 当然、ツィクルスにクリスマスなどというものを教えたりもしなかったのだろう。いい子にしていなさいなどというお題目めいた言葉は、彼にとっては鼻紙より価値がないに違いない。

「ほれ、手ぇ出し」
「なんだよ」
「ええから」

 渋々、手を出すツィクルスの手を上向けさせて、ジャックはポケットから小さな紙包みを取り出し、手の上にのせた。

「なに、これ」
「クリスマスプレゼントや」

「……なんで?」

「ツィクルスは夜更かしばっかりして。本当はな、昨日のうちに枕元にでも置いとこ思ったんやけどな」

 ツィクルスはきょとんとして、手の上の紙包みを見つめている。わずかに不審そうな顔、眉間に力が入っているのがわかる。
 ジャックは少年の頭を乱暴にかき回した。

「よい子にプレゼント。ワタシ、実はサンタクロースなのです」
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by plasebo55 | 2006-12-26 21:52 | オリジナル小説

前日

 そぞろに歩く彼女の後ろを、流割はのんびりとついて行く。買い物に行きたいと言い出したマルガリータの、付き添いだ。声をかけられたとき、その場にはたまたま彼しかいなかった。
 マルガリータは機嫌良さそうだった。地下マーケットをこれだけ無邪気に楽しんで歩く人間は、たぶん彼女の他にいないだろう。
 マーケットの人間は客には誠意を持っている。だから客であれば安全である。それは正論だ。けれど、マーケット全体の客になる、というのはどだい無理な話だ。彼らの商売理論は地上にあるどのマーケットとも一線を画している。だから、買い物をした客も、骨までしゃぶられる、というのももちろんあることだし、実際多く見られた。

 結局、なるべく多くの店の客になるしかないわけだ。流割はそう結論づける。

「ねえ、迷子になっちゃうよ?」

 雑踏のなか、マルガリータの声が足音に紛れている。人が多いのは年の瀬だからだろうか。彼女の姿が見えなくて、流割は立ちつくした。

 ここでマルガリータとはぐれたとしよう。自分は基地に戻ることはできる。マルガリータも大丈夫だろう。けれど、彼女とはぐれたことが基地のメンバーに知られたら、マーケットで身ぐるみはがされるよりひどいことになりかねない。
 流割からすれば、メンバーはマルガリータに対して少し過保護に見えた。彼女を守ることが己の身を守ることである、という理屈は流割にも納得がいった。しかし、彼女は何もできないお嬢様という訳ではない。基地をひとつ預けられるほどの実力者なのだ。
 まあ、彼女の外見のせいもあるだろうけど。感情が、護衛する、というより、守ってあげる、になってしまうのは、わからないでもないが。自分がそう結論づけたとしても、メンバーの仕打ちは変わらないだろう。わずかに悪寒。背筋がぞくりとする。

「わっ」
「わあ」

 あはは、と笑い声が続く。背後から抱きついてきた、マルガリータの声。

「驚いた?」
「え、ああ。うん。驚いた。いろいろ」
「いろいろ?」
「ああ、いや、たくさん、かな」

 すごく、かも。と、胸を押さえて流割がつぶやくとマルガリータはまたけらけらと笑って、体を離した。代わりに右手を差し出してくる。

「迷子になりそうだね」

 その手を見つめ、言葉の意味を考える。これは「人が多くてはぐれそう」というのではなくて「流割、迷子にならないでね」ということだ。まるで目上の者の発言だと思い、そういえば地位は彼女の方が上だったと思いついて、流割は苦笑する。あんまり深く考えない方がいいのだろう。左手で彼女の手を握る。


  *  *  *


 ドルチェは基地の会議室のドアを開けたところで立ち止まった。無人だと思っていたところに、人がいたからだ。
 よりによってスコッチが、自分の机に足を乗せ、椅子の背もたれをめいっぱい倒して眠っていた。ジャケットの襟を立てて、そこに顔を半分埋めている。
 スコッチを見かけること自体、珍しいことだった。最近では女と一緒に部屋に閉じこもっていることも少なくなったが、こうやってメンバーが集まる場所にいることは、多くなかった。

「WS、ねえ、マルガリータ見なかった?」

 なにか心境の変化でもあったのかしらね、と、ドルチェは思うが、それは問わなかった。独り言のつもりで口を開く。
 スコッチは無言のまま、組んでいた腕をほどいて流割の机を指さす。やはりと言うべきか、起こしてしまったようだ。自動ドアでは遠慮してそっと開けるなどということはできないが、謝るべきか悩んで、悩んでいるうちにタイミングを逸してしまった。ドルチェは流割の机へと歩み寄る。

 机には、メモスタンドにウサギの形をしたメモが挟まっている。買い物に行ってきます。と、マルガリータの想像よりは標準の字で書いてあった。

「また!? ちょっと、どうして止めてくれなかったのよ」
「……俺がいたら、書き置きなんかするかよ」
「だって、またよ? 昨日だって私と行ったし。先週だってジャックと地下マーケットに」
「俺もおとといつきあったぞ」
「なんでよ」

 なんで、というのもおかしなものだが。つまり、みんなを一度ずつ買い物に誘っているのだろう。そんなに買う物があるのか。それとも地下マーケットに行きたいだけなのか。

 苦悩しているドルチェを、スコッチは一別してため息をついた。

「流割と一緒だ、心配ない」
「そういうことじゃないわよ」

 女というのは、時にひどく面倒な生き物だ。それだけは十分に知っているスコッチだったから、よけいな口は挟まず、寝たふりに戻った。
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by plasebo55 | 2006-12-24 23:42 | オリジナル小説

蜜柑

 このまま放っておいたら冷凍みかんになりそうだ。
 ドルチェはソファの上で膝を抱えて、テーブルの上に乗っているみかんを見つめた。みかんは、入れられた紙袋が横倒しになっていて、二個ばかり、テーブルの上に転がり出ている。

 そしてもう一つ、皮をむかれた食べかけのみかん。

 向かいには、その冷え切ったみかんを食べ続ける男がいる。流割。彼はずっと新聞に目を通しながら、時折みかんを口に運んでいる。
 新聞に、みかん。
 冬司やジャックなら、コーヒーだろう。自分だって、みかんは選ばない。
 それも、暖房ひとついれず、氷点下の室内で。

 ドルチェはめいっぱいの厚着をしている。セーターに、ジャケットに、コート。マフラー、手袋、帽子。それに比べ、流割はセーターと、マフラーのみ。手袋をしていたが、みかんを食べるのに邪魔だったのだろう、はずしてテーブルの上に置いてある。

 寒くないのかしらね。

 サムイ、といえばジャックの口癖だが、口にしないだけでみんな寒いと思っているのだ。だけれどこの男のどこを見ても、寒いと思っている様子はない。

 ぱらり、と新聞をめくる音。

 ドルチェはみかんに手を伸ばす。やはり手袋をしたままではみかんはひどく食べづらくて、仕方なく片方だけ手袋を外す。空気に直に触れた手は、ひり、と何とも言えない違和感を手の皮に与えてくる。骨がきしむような冷えで、指はひどく動かしにくい。

「流割」

「……うん?」

 みかんの皮をむく。すぐに薄くちぎれてしまうそれをどうにかむいて、房を口に入れる。しゃり、とわずかに水分の凍った感触。

「冷凍みかん好きなの?」

「……いや。なんで?」

 ドルチェはわずかに顔をしかめた。味は、甘いが。体の芯から凍りそうだ。
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by plasebo55 | 2006-12-22 00:00 | オリジナル小説

自我

 翌朝、身支度をすませて自室の扉を開けたとき、やはり、彼はいなかった。

「おはようマリー」

 そう口を開いたのはあごひげを蓄えた男だった。クインシー大佐。のりのきいた制服はしわ一つ無くて、意識せず立つ姿はそれでも背筋はぴしりと伸びていて、多少の威圧感がある。背が高いわけではないから、彼の威圧感は別のところからくるのだろう。

「どうした?」

 しげしげと男を見ていると、男はわずかに前のめりになっただろうか。クインシーの眉が少し上へ持ち上がって、困惑の表情になる。マリーは頭を振った。

「なんでもない。おはよう」

 そうか、とクインシーはあまりこだわりなくあごを引いてうなずいた。

 毎朝見慣れたはずの男の姿だ。今更観察しなくとも、知っている。毎日同じ時間にこの部屋に訪れる、マリーを護衛するために。
 毎日。同じ行為、基地に収容された負傷兵の治癒のために病院に出向く、同じ、拷問のような日々。優しい女を演じて、戦地からようやく帰ってきた人間を、また戦地へ送り返すのだ。

 すべておなじ、まいにちおんなじことのくりかえし。

「ねえ」

 廊下を先に歩きながら、マリーは振り返らずに問う。

「私の誕生日って、あるの?」

 かつん、と後ろで規則的に響いていた靴音が高い音を立てて止まった。マリーはそのまま歩き続けたが足音が追ってこないので仕方なしに立ち止まると後ろを振り返った。

「ないならなくてもいいのだけれど」

 男は、十歩ほども先のところで先ほどよりも大げさな、意外そうな顔をしていた。困惑、もあるだろう。半開きの口が、マリーと視線が合うことで一度閉じあわされる。

「いや、ある。七月だ」

「そう。おなじロットの子はいる?」

「いや、いない。クローンはそんなに単純な技術じゃない」

「そう。オリジナルの誕生日はいつ?」

「七月だ。おまえと同じ」

「──そう」

 七月、まだまだずっと先だ。マリーはきびすを返すと、病院へと歩き出す。

「どうした?」

 足音が早足になって追いついてくる。

「なにが?」 

 隣に並んだクインシーを見上げると、やはり眉を上げて、けれどほのかに笑うよう、口元をゆるめていた。マリーが眉をしかめると、クインシーははっきりと笑みを深くして見せた。

「いや、なんでもない」

「なによ。へんなひと」

 
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by plasebo55 | 2006-12-15 21:22 | オリジナル小説

生誕

 誰、と聞いた。その時すでに、彼だと思っていた。冬司。思い出せた、彼の顔。いつもまっすぐこちらを見る、口より雄弁に語る瞳。マリーは見返すだけで、彼のように言葉を込めることはできない。彼の瞳と会話することはできない。
 正直に言ってしまえば、彼のことはあまり好きではない。冬司の瞳は、痛いのだ。うまく表現できないけれど。

「すまない」

 返ってきた声は、物語る瞳よりもずいぶんと弱気で小さな声で。こちらが話すことばが重なれば、かき消えてしまうほどか弱い声で。

 なぜ、謝るのだろう。ひょっとして、出迎えることができなかったからだろうか。それなら謝る必要など無いのに。自分と彼との間には何の約束もない。むしろ顔をあわせない方が、マリーは気が楽だった。
 聞き逃さないように黙っていると、さらに小さな声が返ってくる。

「君の誕生日を教えてもらえないか」

 突然の、質問。本来ならためらう必要も無いほどの、たわいもない質問。
 ひゅ、と自分ののどが音を立てるのがわかる。慌てて口を押さえる。放っておいたらうめき声が漏れそうだった、獣のようなうなり声が。

「すまない、唐突に。今日、俺の誕生日だったんだ」

 それは、どういう意味?
 自分の誕生日を祝えということ?

 マリーは口を押さえたまま、なお漏れようとする声を抑えるために強く歯をかみしめた。目もぎゅっと閉じて呼吸も止める。

 誕生日を大切だなどと、思ったことなど一度もない。
 誕生日を特別な日として祝ったことなど、一度もない。
 誕生日を誰かに祝ってもらったことも、一度だってない。

 人が生まれたというただそれだけの日付に、特別な意味など感じなかった。それに自分は、人ではない。オリジナルの特別な能力を受け継いだクローンのうちの一人。望まれて生まれてきて、誕生をよろこばれたけれど、望まれて喜ばれたのは傷ついた人間に命を分け与えるという能力であって、自分では、ない。自分が生まれたのはオリジナルを失わないためのスペアとして、だ。
 そんな自分の誕生日に、意味などあるはずがない。
 

  *  *  *


「すっかり、忘れていた。事務局に呼び出されるまで誕生日のこと忘れていたんだ」

 誕生日を迎えるたびにしなければならない手続きはたくさんある。事務局のデスクで強制的に書かされる書類の束を呆然と見下ろしながら冬司は、ふと、思ったのだ。

「たった一人でも、声をかけてくれればいいと、思った」

 誕生日を誰かが祝ってくれる。それが無ければだだをこねるほど幼くはない。誰かが祝ってくれて感動的に喜んでみせられるほど誕生日がうれしい歳でもない。
 けれど誰でもいい、たった一人でも自分の記念日を覚えていてくれて、声を掛けてくれたなら。祝ってくれなくてもいい、憎まれ口でもそれが自分の誕生日を覚えていてくれたひとなら。

 俺はたぶん、救われている。

 冬司は開かない扉を真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぐ。

「マリー 俺の誕生日は今日だ。君の誕生日を、くれないか」

 ひどく利己的な考えだと思う。返事の返らないことが自分の思いを肯定しているような気がして、冬司は脇に垂らしたままだった腕を、拳を握りしめた。

 この基地にいる人間のうち、いったいどれくらいが自分の誕生日を喜ぶだろう。

 ここは戦場で、いつも誰かが死んで、誰かを殺す。
 誰かが誰かを欺いて、自分が自分を欺いて、生きていく。

 生きることに一生懸命でなければ死んでしまうのに、自我をしっかり持つほど、苦しくて生きていけなくなる。刹那の判断を下し命を繋ぐのは命令ではなく自我なのに、自我を意識すれば殺すことが苦しくなる。

「マリー」

 名前を、呼ぶ。

 自分で自我を維持できないのならば。その体から自我が抜け出さないように、誰かが抱きしめてやればいいと思う。名前を呼んで、記念日を一緒に祝ってやればいいと思う。そうやって互いに補って、生きていけばいいのだと思う。

「俺は、君に生きていて欲しいと思うよ」

 そして、自分が生きていくために、君にそばにいて欲しいと思うんだ。
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by plasebo55 | 2006-10-14 00:11 | オリジナル小説

何卒

 彼女について知っていることと言えば、名前と、不可思議な能力があることだけだ。

 冬司は基地の廊下を急ぎ足で行きながら、考える。

 夕食を終えたら急いで部屋に戻りあわただしく歯磨きをすませ、彼女の部屋に向かう。彼女の部屋の前で彼女の帰りを待つことは、もう日課になった。
 だけれど今日は、自分のことなのにすっかり忘れていた誕生日のせいで時間をとられた。そのせいで彼女が帰ってくる時間に間に合いそうもないのだが、おかげで改めて気づいたのだ、彼女について、知らないことに。

 彼女、マリー。傷を癒す力があるのだという。知っていることと言えば、あとは、見たままのこと。髪は短くて、身長は低くて、指は細くて白くて、ブルーのワンピースを着ていて、いつも微笑んでいる。だいたい見かけるときはいつも、うしろにクインシー大佐がいる、まるで通訳みたいに。

 そこまで考えると、冬司は眉をひそめた。彼女がクインシー大佐を嫌っているのは明らかなのだ。なにしろ大佐は彼女が他人と話すことを許さない。彼女はいつでも微笑んでいるが、そのときだけは少し困ったようにして笑みを深くする。クインシー大佐など、いなくなればいいのに、と冬司は無意識に唇をとがらせた。それから足を止める。

 彼女の部屋の前。軽く身だしなみを整えて、冷たい息を吸い込む。それから二度、扉をノックした。


   *   *   *


 部屋の前までクインシーという名前の男が送ってくれるのは毎日のことだ。今日も昨日と変わらない、マリーは部屋の前で彼をねぎらい、別れた。
 部屋に戻れば半ば制服のようにきているワンピースを脱いでシャワーを浴びる。一日分の汚れを落としてベッドに横になるとき、ようやく自分というものが顔を出してくる。

 この部屋を一歩でも出るときは、仮面をかぶる。従順で心優しい女の仮面。仕事中なのだから、本当の自分などいらない。クインシーの命令は絶対だ。自我があれば反論したくなるに決まっている。だから自我は仮面の下に押し込めて人形のようにする。そうやって、彼らの望みを叶えてやるのだ。ここではそうやって生きていくしかない。
 
 どうせなら最初から、自我などない人形に作ってくれればよかったのに。
 そうであれば、自分の存在を苦痛に思ったりせずにすんだのに。

 たとえ自分で死のうとしても、私はどんな手段を使っても生かされるだろう。それこそ自我というものを消すような方法をとってでも。私の命は私のものではない。分け与えるためにある、命の器。そのために人工的に作られたのだから。

 仕事は終わったというのにまだそんなことを考えている自分に気がついて、マリーは深々と息を吐いた。

 そういえば、今日はこなかったわね。

 彼。いつの頃からか、仕事を終えて帰ってくると、扉の前に立っている。顔を思い出してみる。よく思い出せなかった。背は、自分より高かった気がする。マリーはすぐに諦めた。彼のことは名前と所属くらいしか知らない。
 クインシーも最近は一言釘を刺すくらいで口うるさく追い返したりしなくなった。追い返してくれればいいのに、とも思う。仕事を終えて帰ってきたのだから、これ以上基地の人間とは顔を合わせたくない。

 誰かに会えば、自分は人形でいなければならない。
 人形である自分を意識しなければならない。

 そんなの、もううんざりだ。

 ドアを叩く硬質の音が二度、響く。クインシーだろうか。今日の仕事はもう終わりだから、ドアを開けるつもりはなかったが、顔だけそちらを向ける。
 ノックの後の静寂は予想より長かった。その時点でドアを叩いたのがクインシーでは無いことはしれた。

「誰?」

 そう、聞いた。
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by plasebo55 | 2006-10-11 23:50 | オリジナル小説

鏡面

「あのね。行きたいところがあるの」

 一つの打ち損じもないドルチェの射撃訓練を飽きもせず延々と眺めた後、マルガリータはそう切り出した。

おでかけおでかけ
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by plasebo55 | 2006-05-09 21:10 | オリジナル小説

粗忽

「なにがやにやら。もうお手上げです」
「無事なの? よかった」

 キーボードを雨だれレベルでぽちぽち叩きながら、ジャックはうめく。画面上には基地内の状況が表示されている。ほとんどの文字が赤字で表示されていて制御不能の文字が躍りくるっている。一足先にお手上げ状態になったマルガリータは、ジャックに席を譲って、後ろから唇をとがらせて画面を見ていた。

<そっちは、無事か>

 スピーカーから、男の声。部屋は飛び出していったが、基地からは飛び出していかなかったらしい。声色も、落ち着いている。ひとまずの安心。けれどこの雪の城を来たばかりの人間が一人でほっつき歩いていては、冗談ではなく凍死しかねない。

「無事ですわ。って、ちょっと冬司はん、なん……」
<ならいい>

 ぷつりとスピーカーが沈黙する。スイッチを切られた。

「ならいいってなんやの。人のハナシ最後まできかな」
「すごい。ねえ、見て。OJのプログラムと正面からやりあってる」

 頭を抱えたジャックの後ろから、マルガリータが画面を指さした。赤字で表示されていた侵入者監視プログラムの状態が、青字に戻っている。別のウィンドウではめまぐるしい速度で新しいプログラムが組まれていく。冬司の仕業に間違いない。

「百人力というんは、本当でしたんですな」
「あー だから基地の配置人数減らされちゃったんだね」

 感心してつぶやいた言葉に答えたマルガリータも同じような口調だった。はは、とジャックは苦笑いする。理由は決してそれだけではないだろうが。今は口に出す必要はない。脇下の鞘にしまってあった銃を抜くと、キーボードの脇に置く。

「この調子なら隔壁があがるのも時間の問題でしょう。ちょっと、迎えに行ってきますわ」
「あ、私も行く」
「だめです。マルガリータはんは部屋におってください。冬司はんと入れ違いになるかもしれんし。なんかあったら、これで、ちゃんと身ぃ守りなはれ」

 不満そうな顔をするマルガリータに、ほな、と手を振るとジャックは部屋を出た。

ジャックはきっと、サムっ!って叫んだよ。
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by plasebo55 | 2006-03-19 21:37 | オリジナル小説

場所

 部屋は暗かった。なんの明かりもない、なにも見えない。
 かまわず部屋に入り込み、後ろ手に扉を閉める。と、ぱち、と音がして明かりがついた。体温感知センサーに反応したのだろう。まだ自分には体温があるらしい、と目をすがめつつ、思う。
 白い明かりが部屋を照らしだしていた。耐水シートの貼られた床、真っ白で飾り気のない壁、同じく白色の天井、色味のない蛍光灯。それから部屋の中央に置かれたカプセルを半分切り落としたような、舟形のベッド。ベッドには物々しくいろいろな管がつながれ、脇に置かれた様々な機械と一緒になって大型の装置になっていた。

 人の気配はない。明かりがついてからようやく稼働しはじめたらしい機械が低いうなり声を上げはじめている。

「まるで病院だな」

 でなければ、実験室か。無遠慮にベッドへ近寄るとを覗き込む。やはり、無人だった。
 この室温で人が眠っていれば、凍死かあるいは冬眠以外にないだろう。暖房設備はあるだろうか。体温感知と同時に作動したかもしれないが、どれがそれかはわからなかった。

 なんだここは。

 もう一度、部屋を見回す。こんなところは人の住むべき場所じゃない。ここは――

 眩暈を感じて手近なデスクに手をつく、と、置いてあったパソコンが起動する。スリープになっていたようだ。ずらりと数値の並んだ表と、グラフが画面いっぱいを占めていた。

<冬司はん、無事ですか?>

 パソコンのスピーカーから、男の声。少女と一緒にいた、コーヒーをすすっていた男だろう。同時に画面が切り替わる。グラフがなんであるか疑問を持つ暇もなく消えた。

「隔壁が閉まった。どうなってる?」
<なにがなにやら。もうお手上げです>

 無事なの? よかった、とスピーカーに少女の声が紛れた。男の後ろにいるのだろう。キーボードを叩きながら冬司は苦く思う。よくない、なにも。なにもかも。

「そっちは、無事か」
<無事ですわ。って、ちょっと冬司はん、なん……>
「ならいい」

 スピーカーをオフ。少女の声が聞こえるたびに集中が乱される。

 指が冷え切って動かない。もどかしくキーを叩き続けるうちに基地の状況がわかってくる。侵入者は十二名、基地マザーコンピュータもハッキングされて統制をうしなっている。普通の基地ならこの程度の侵入者、排除するなど造作もない事だが、今この基地において絶望的な状況だ。
 侵入者を排除するだけの人も時間も情報も電気もなにもかもが足りない。

 なぜだ。

 なぜこの基地が襲われるのか。
 なぜ自分が来た今日なのか。
 なぜ、すべてを諦めた今なのか。

 冬司は奥歯をきしらせた。
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by plasebo55 | 2006-03-15 23:38 | オリジナル小説

隔離

「なんだ?」

 はっとして、顔を上げる。

 警報が鳴り響いていた。非常照明が廊下をオレンジ色に照らしていて、はっきりと異常事態を宣言している。
 立ち上がり、左右を見る。薄暗い非常照明でも、つけば電力不足で真っ暗だった先ほどより明るいくらいだ。長い廊下の真ん中らしい。右も左もオレンジ色に照らされた廊下が続いていて、両脇にぽつぽつと扉がある。

 なにがあった?

 異常事態には違いない。だがこの基地が襲撃されるとは考えにくい。いや、その油断をつくということも、考えられない事ではないが、しかしこの基地を手に入れることで地理的なメリットが生まれるとは思えない。が、配属される人間には知る権利のないほどの、有益な情報が隠されているのかもしれない、ないとはいえない。

 とにかくわずかでも情報を手に入れなければ、身動きがとれない。冬司は歩き出そうとして、足下に振動を感じて立ち止まる。
 重たい物がゆっくりと落ちたような、振動。距離があったのか、音はしなかったが。

 なんだ?

 もう一度、床が震える。先ほどよりも大きい揺れ。近い。ゴォンと、低い音がかすかに耳をかすめる。左か。判断すると、駆け出す。

 この基地が襲撃されるに値する情報とは、なにか。冬司は考える。ふと、先ほどの少女の顔が脳裏をよぎった。彼女ではない。うり二つであるのに、どうしてかあの少女だと、わかった。自分の脳が考えたのだからわかって当たり前なのかもしれないが。
 ならば、なぜ自分は彼女ではなくあの少女を思い浮かべたのだろう。
 混乱している。情報を欲しているのは他でもない自分だ。だが襲撃する人間と自分が欲する情報は別のはずだ。

 体が重い。冷気にさらされた筋肉がこわばってうまく動かない。内心、冬司は自分の失態を罵った。零下の中汗をかいたまま座り込んでいたりして、とんだ命知らずだ。体の芯まで冷え切っている。手を握りしめると手袋をしているはずのその手の肌がひび割れていくような感覚。呼気に含まれる水分が顔の表面を覆うようにして凍って、瞬きをするだけでも痛みを感じた。

 基地内で凍死できるな。

 だんだんと近づく振動を感じながら、冬司は冗談ではなく、そう思った。そう、冗談じゃない。今死んだら、笑いもの以外の何者でもない。

 足を速める。振動の原因が見えた。隔壁が閉まっているのだ。侵入者、細菌兵器、毒ガス、空気さえもを完全に遮断する壁が、次々と降りて通路を閉ざしている。
 ネームプレートのかかった扉が見える。その手前の隔壁が閉じようとして、冬司は、見る間に狭まる隙間に、身を低くして足から滑り込む。

 ゴオオオン、と、警報に負けない音を響かせて、直ぐ背後で隔壁が閉まる。間隔の狭い振動が、遠ざかっていく。
 床に転がったまま前を見ると、オレンジ色の奥に薄く閉まった隔壁が見えた。警報を解除して隔壁を開けなければ、この空間に閉じこめられたままになる。それには異常の元を探り、排除しなくてはいけない。

 冬司は立ち上がろうとして、背中を引っ張られ後ろを振り向いた。

 隔壁と床の間にコートの裾と左の袖口の端が挟まっている。

 なんて器用な事を。驚きといらだちとあきれとの感情は一瞬で消え去った。右手でコートのボタンを外す。この室温でコートを脱ぐなど自殺志願するようなものだが、このままいても数十分の差しかないだろう。なにしろ本当に笑われる。寝転がったまま袖を抜き、コートを置き去りにする。やはり冷気を感じたが、こんな程度かとしか、感じない。もう十分体が冷えたせいかもしれない。マフラーだけをしっかりとまき直して、プレートの下げられた扉に近づく。

 木製のプレートに、手彫りだろう、不揃いな文字が並んでいる。

 「……マルガリータ」

 声に出した言葉は白く凍っていく。冷気を吸いこんで肺が震えた。

 冬司は扉を押し開けた。
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by plasebo55 | 2006-03-10 20:13 | オリジナル小説