今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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鯖みそ煮

 気がついたら海の中で、啓介は、そういえば自分は魚だったのだと思った。たぶん鯖だろう、自分の姿は見えないが。平然とえら呼吸する自分はたくさんの鯖と群れて泳いでいた。鯖しかいない静かな海を疑問に思うと、目の前の鯖がぽよんとおもちゃのような音を立てて鯖のみそ煮になった。驚いて周りを見回すと、視線を向けた先から、ぽよんぽよんとつぎつぎに鯖はみそ煮に調理されていく。

 俺も鯖みそにされる、と思って身を翻すと、そこは海の中なんかじゃなかった。

 目を開けると青い海は遠ざかって手の届かないところで青空になっていた。白い雲がちぎれて浮かんでいて、それはけっして日の光を遮らない薄い雲で。夢を見ていたのだと安堵してまぶたを下ろしかけた、その視界の上の方におでこを出した女の顔。

「り、梨香?」

 今度こそ飛び起きる。

 確か、三限目をさぼって屋上に出てきたはずだ。いつの間にか眠ってしまったようだが、考えなければいけないことがたくさんありすぎて、授業など受けている気分ではなかったのだ。記憶のない三日間のこともだが、おおむね、梨香とのことで。

 経験上、怒った彼女とは、まず話がかみ合わない。
 どうやって怒りを静めて、どうやって事情を話し、どうやって謝るのか。
 ひとしきり考える時間は欲しかったのに。

 梨香は啓介と同じベンチに座って少し驚いたのか目をぱちくりとさせて啓介を見ていた。水色の小さなお弁当箱を膝の上にのせて、フォークに刺した卵焼きを口元に運ぶ途中で止まっている。というか、なぜ梨香がここにいる? 大地の話では自分は約束をすっぽかして、彼女はひどく怒っているはずだ。

「ちょっとまて、今日何日だ」

 また、記憶がないのか? 知らないうちに仲直りしたのか? 片手で顔を覆って考える。それとも三日も記憶がないということが夢なのか?

 梨香はフォークをおくと、ベンチに座り直した。一人で慌てている啓介にむけて、ひどく冷ややかに告げる。

「24日です」

 ぎくりと体をこわばらせて、啓介はそろっと手を下ろした。そこにある表情はあまり変わらないが、いつもはぱっちりと開いている瞳が少しすがめられて険のある光をたたえている。梨香が怒っているのは明白だ。現実はそう都合よくはいかないようだ。

「啓介さん。昨日は」
「悪い。昨日は、その──」
「怪我はしませんでしたか?」
「──記憶が。え?」

 先手必勝で謝ってしまえと勢い込んで口を開いた啓介の言葉がとぎれた。まじまじと梨香を見下ろすが、彼女は至極まじめな様子で。じっと見ていると、わずかに揺れる瞳に心配されているのだろうかと、妙な胸の高鳴りさえ覚えて。
 けれど。昨日は約束をすっぽかして会わなかったのではなかったのか。なんで怪我の心配をされるのだろうか。どういうことか、聞き返したい。けれど、それで墓穴を掘るわけにはいかない。啓介はわずかにかぶりを振った。

「怪我、してない」
「そうですか」

 そっけない、梨香の態度。短く言うと、食べかけだった卵焼きを食べる作業に戻っていった。

「あの、梨香?」
「やけ食いですから」

 ぴしゃりと言う。気がつけば、彼女の小さな体の影に、コンビニの袋が。サンドイッチやら菓子パンやらプリンやらが盛りだくさんで入っているのが見える。

「心配して損しました。結局啓介さんは私との約束すっかり忘れていただけなんですね」 
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by plasebo55 | 2006-10-17 23:43 | オリジナル小説

八時半

 一時間後、携帯電話のアラームに起こされたのは自分だった。
 残念なことだ、と啓介は眠い目をこすり、学校までの道のりを歩く。空白の時間を埋めるという尻ぬぐいは、自分に押しつけられたのだ。明け方感じた安堵はもうカケラも残っていなくて、ただただけだるい。

 服を着替えるときに体を確認した。たいした怪我はしていなかった。危ないことはしなかったのだろう、この体は。無意識でも自分の生命が危なくなるようなことはしない、できない。催眠術にかかっていたとしても、人を殺したり自分から死に飛び込んだりは、容易なことではないというし。

「よお、啓介」

 声より先に背中を叩かれる。前のめりになってたたらを踏んで、啓介はようやく後ろを振り仰いだ。

「……大地」
「今日はおまえさん、時間どおりかよ。こりゃあ明日は雪でも降るかな」

 声の主は確認するまでもない。百九十センチを越える大男はまるきし冗談の口調で言って、豪快に笑った。大地、今踏みしめる地面と同じ字を書いてもダイヂと発音する。いっそ大きい児で大児であれば名は体を表すのにな、と言ったときも、大地は同じように豪快に笑った。

「いつもどおりだろ」
「なに言ってやがる。昨日もおとといも不登校のくせして」
「そうだったか?」

 うそぶく。この体、学校には行かなかったらしい。大地が嘘をつくことなど念頭に置いてはいないが、もともと学校など好きではないから、無意識であればその行動は当然に思えた。では、どこへ行って何をしていたのか。それを考える段階になれば、学校に行かない自分の体が恨めしいが。

「たいがいにしとけよ。まあ学校はどうでもいいけどな」
「いいのかよ」
「俺はな。梨香ちゃんがえらい怒ってたけど」
「……梨香が?」

 短く声が漏れる。にやにや笑いの大地は忘れてたのか? といらぬ詮索をしてくるが。梨香は啓介の恋人だ。昨日、会う約束をしていたはずだ。この体、梨香との約束をすっぽかしたのか。

「まずいな」

 頭を抱える。梨香には少なからず惚れている。謝らなければならないが、どう理由をつければいいのか。口から出任せを言ってつじつまが合わなければ、相手をさらに怒らせることになる。

「梨香、なんか言ってたか?」
「カプティオレのショートケーキ買ってきて土下座しても許さない、とかか?」
「どこのケーキだそれ」

 ぐったりして聞き返すと、まてまて、と大地は携帯電話を取り出した。

「確か梨香ちゃんからもらったメールに」
「つか、なんでおまえ梨香とメール交換してんだよ」

 朝からこれ以上ショックを与えてくれるなよ。啓介は動じない大地を恨みがましい視線で見た後、空を仰ぎ見た。底抜けに青い空だ。
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by plasebo55 | 2006-10-09 14:56 | オリジナル小説

一鬼

 気がつけば暗闇の中で、けれど朝だというのはわかった。
 自分の部屋、安いベッド。啓介は枕の下に手を入れる。アラームをセットした携帯電話の隠し場所。のそりとそれを取り出して、時間を確認する。五時五分前。

「……二十四日」

 ディスプレイの表示は、十月二十四日、四時五十五分。脱力するに任せて、携帯電話をサイドテーブルに置く。記憶がない。二十一日から三日分。

 また、か。

 焦りと、諦めと。啓介は眠気に任せて半分まぶたをおろす。もう、何度目だろう、こうして記憶のない日付を越えて朝を迎えるのは。ひどい疲労感、ただ眠って三日過ごしたわけではないはずだ、この体は。

 覚えていない、思い出せない。

 大きな恐れと、わずかな安堵。空白の三日間、いったい自分は何をしていたのか。絶対思い出せないことも、今までの経験上、わかっている。けれど、この体は、また自分の元に戻ってきた。記憶はなくても、空白は埋めなくてはならない。啓介は毛布を引き上げると頭からかぶり、目を閉じる。アラームが鳴るまでには、まだ一時間ある。わずかでも眠って、考えるのはそれからだ。

 一時間後、目覚めるのが自分であれば、だが。
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by plasebo55 | 2006-10-08 17:02 | オリジナル小説