今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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ある時船渠で白と青

 船霊――という存在がどれほどあるのか今もそのときも知らないけれど、見たこともない船霊が存在するということだけは、なぜだかそのときから知っていた。
 誰から聞いた知識だったろう。彼か、それとも、船渠に出入りする船大工か、船乗りか。あるいは物語りに出てくる、作られた存在だったか。それは、船に宿り、船を守る、幽霊の様なものだという。船霊のついた船には幸運が訪れ、災厄を免れる。若き船乗りが船首像の面影を残す船霊と(本来は姿が見えぬはずなのに!)恋に落ちる物語などもあって、なるほどロマンチストの多い船乗り達の好きそうな存在だなと思ったものだ。

 船渠という場所で、彼女はどう見積もっても華やかで場違いだった。
 真っ青な丈の長いワンピースに、何故か素足。高くひとつに結い上げた黒髪は、風もないのにゆらゆらと揺れて、時折青みがかって見えた。

「誰か待ってるの?」

 しきりに船渠から海の方を覗いている彼女に声をかけると、彼女は勢いよく振り返った。束ねられた髪が遅れてふわりと回転する。

「……私のこと」

 大きく見開かれた瞳は、髪の毛よりももっと青い。

「あなたのこと?」

 首を傾げる。
 言いかけた唇の形のままぱちりと瞬きした彼女は、急ににこりと笑った。少しつり上がり気味の眦が猫みたいだ。

「なんでもない。うん、そうよ、待っているの」

 うふふ、と笑う。

「あなたは? 誰か待っているの?」

 後ろで手を組んで、首を傾げる。仕草でいちいち揺れる長い髪が印象的だ。
 私は言いよどんだ。別に誰も、と言いかけた唇に何かが触れる。

「わかった、彼氏」

 言葉を遮ったのは、彼女の右手の人差し指で、笑みを深くした彼女の表情で、からかうような彼女の口調。
 尖りかけた唇を押さえた彼女の指を押しのける。彼は戦争に連れて行かれてしまった。それが終わらねば彼は帰ってこないだろう。解っていてもここに来てしまう、愚かな事だと解っていても。

「女は誰しもおんなじね」

 彼女は肩をすくめると、うふふと笑った。

「あなたも彼を待っているの?」

 首を傾げて問い返すと、彼女は海の方へと視線を転じた。

「そうよ。まだまだずうっと遠くにいるけどね」

 私も海を見る。遠くに白波が見えるが、穏やかな色をしていた。
 彼女が船渠の外壁際に積んであったずた袋に腰掛けるから、私もそれに習う。

「戦争に行ったの?」
「そうね…… 戦争のまっただ中にいるでしょうね」
「心配ね」
「そうね、でも」

 海から彼女に視線を移す。
 見られたのを感じたのか、くすぐったがる様に笑って、彼女は続けた。

「大丈夫。私が守るから」

 ぱちり。瞬きする。

「それが私だから」

 彼女は私を見ないまま、その彼がいるらしい海の向こうを見つめていた。

 守る。それが自分なのだと。
 言い切った横顔が印象的だった。

 少し微笑んだままなのに。
 眼差しは硬く澄んでいて。

 方法なんて解らないのに。
 ああこの人は確かに、その人を守るのだろうと、思った。

 そんな方法が有るのならば私も――

「……ねえ、あなたの彼、素敵な人なの?」

「え? ああ……そうね……」

 青いワンピース、青い髪、青い瞳の彼女は、そこでようやく弱気の――というか、どこか困ったような顔をした。

「うん、格好いいわよ。背は高くて、潮風に晒しっぱなしの髪は黄色くて、沢山の仲間がいて、誰にも負けない――」

 はっきりとした口調の最後だけ、よく聞き取れない。

「うん、そんな人」

 聞き返そうとした言葉は、先に、満面の、でも少しだけ照れくさそうな笑みで封じられる。

「うん、そんな人よ、――」

 やっぱり最後の言葉だけ、よく聞き取れなかった。

 そのときの出来事で覚えているのは、あとはたわいもないやりとりだ。
 男はいつも女を置いていく、と、男ばかりが忙しく働く船渠で話をした。
 素性も知れない女二人、物珍しそうな視線を向けられても物ともせず日が暮れるまで延々と。

 その日はそうして終わって、あとは一度も、彼女には会うことはなかった。
 彼女は彼を守りに行ったのだろう。そう思えた私は、だから彼女のことを探すことはしなかった。

 そうしてしばらくの間彼女の事はすっかり忘れて過ごし――少し先の未来に、唐突に思い出すことになる。



   ***


 時間軸がおかしいけれど、妄想なので気にしない方向で。
 
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by plasebo55 | 2012-09-09 21:39 | 戯れ言