今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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ロールシャッハテイスト

 それが何に見えようが関係ない。
 気に入らなければ破いて捨てるだけだ。


 なぜこんな安アパートにルームシェアなどして住んでいるのか。最初の理由なんてとっくに忘れてしまった。金に困っているわけでもないし、大学に近いわけでもないし、理由なんてなかったのかもしれない。
 けれど、今は。

「タクミ」

 そう、今は、欲しいものがあるんだ。

 つぶやいた声に答えるものはいない空虚な部屋。日が傾いてきて、赤い光と長い影が部屋に差し込んできている。すぐに暮れて時間は夜になるだろう。街灯の少ないこの町は闇に支配される。まるで一人暗闇に取り残されるような静寂が訪れて、体を丸めて眠っても震えを押さえることはできない。

 人がいないわけじゃ、ないのにな。

 雑多な町だ、どんな人種も、物も、あふれかえって何でもそろう。だけれど夜になれば無人の町のような静けさが訪れる。静けささえもある町。もしかすると地下にも町があってそこにはにぎやかな夜もあるのかもしれないが。
 何でもある町。けれど僕が望む物は、なにも手に入れられない。

 日が暮れて、部屋は暗く。電気をつけなければと思うが立ち上がるための気力が足らない。右の手首が痛む。夕暮れ前拓海に突き飛ばされて挫いた。
 その拓海はそのまま出かけていって、今日は帰らないかもしれなかった。いつものことだ。拓海がアパートを出てどこにいくのか見当もつかないが、きっと夜の静寂を逃れて地下の世界にでも行くのだろう。喧噪の中、あの斬りつけるような気配をまとって歩くのだろう。そして見知らぬ人間と殴り合って時には刃物や鈍器や銃やそういうもので傷つけて傷つけられて、血を流して帰ってくるのだ。

 まるでそうでもしなくては、他人を認識できないみたいに。

 どんな世界なのだろう、拓海の視界に広がるそれは。ひどい空虚感。どさ、と傾くからだ、そのまま床へ倒れ込む。ほこりの落ちた床、ふたつの椅子、小さなテーブル、キッチン、暗がりの中みんな傾いてそびえ立つ。

「タクミ」

 痛くないのか。それとも君の心はもう痛みを感じないのか。

 拓海の行動は痛みがどういうものだったのか、思い出そうとしているように見えた。そのために他人も自分も傷つけて、それでも思い出せずに苦しんでいるように見えた。ひどい孤独だ。痛みでしか他人を認識できないのに、痛みを感じられないなど。

 かちゃん、と。ドアの閉まる音。安アパートの床はひどくきしんで、忍び足には向かない。

「痛っ」

 緩慢に顔を上げるより早く、大股に近づいてきた男に腕を掴まれた。挫いた右手を力任せに握られて、引き起こされる。

「──っ!」

 そのまま拳で頬を殴られた。

 体はそのまま床に逆戻りして、後ろ頭を床に打ち付ける。目の前が真っ黒になって、鼻の奥がつんとする。

 また腕を掴まれた。思わず身を固くする。けれど、今度の動きは断然穏やかで、痛めた右手は何かの台に乗せられただけだった。

「……タク、ミ?」

 鉄の味がする。口の中を切ったらしい。
 それよりも。帰ってこないと思っていた拓海が戻ってきたことの方が気になった。こんな暗闇だって、見間違うはずがない。拓海は床に片膝をついて、投げ出したビニール袋の中をあさっていた。その膝の上に、僕の右手が乗っている。

 乱暴に紙の箱を開ける音がして、再び掴まれた右手に、ひやりとした感触。それから、殴られた頬にも。

 湿布だ。わざわざ買ってきてくれたのか?

「タクミ?」

 名前を呼んでも、答えはない。代わりに肩をつかまれ引き起こされる。そのまま抱きしめられた。

「タクミ」

 拓海の抱擁は力任せで、なおかつ背中に回された手が獣の爪のように肌に食い込む。苦しいし、痛いんだけど、と、けれど言えなかった。拓海の体は真冬の海を泳いできたように冷たくて、震えていた。肩口に埋められた顔、どんな表情をしているのか、わからなかったけれど。

「おかえり」

 湿布を貼られた手で、拓海の背中をたたく。
 ぽんぽんと二度たたいて、二度、手が痛かった。


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 おおむね書きたいことは書いたけれど……

 ほんっと意味無い話だな、これ。
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by plasebo55 | 2006-10-01 21:04 | オリジナル小説
「ええ、絶対に四つ葉のクローバーですよ」

 研究員が自慢げに胸を反らせて、傍らのプランターを示した。実験用机の黒い天板の上に、白のプランターはなんの変哲もない。トマトが芽を出しても、朝顔が芽を出しても、なんの違和感もない。まあ、区別はつかんだろーけれども、と所長は顎を撫でながらプランターを覗き込む。今は一面茶色の土以外、見えない。

「そんなことが可能なのですか? 通常であれば三つ葉が圧倒的に多いのに」

 助手が机に顎を乗せて視線をプランターの高さとあわせている。人差し指で、危ない物にでも触れるように、つんつんとプランターをつついた。

「ええ、つまり四つ葉の遺伝子だけを選別してですね」
「遺伝子はなんでもできるな」
「危なくないんですの?」

 気楽な様子で説明をはじめようとした研究員は、二人にあっという間に言葉を遮られて軽く肩をすくめた。どうせわからないだろう、とは言わなかった。まあ危なくないですよ、と助手に向かってやはり気楽な調子で言う。

「でも全部四つ葉だなんて、ありがたみがないな」

 プランターにもっさり四つ葉のクローバーが茂るのを想像して、所長はうなった。クローバーの茂る土手で女の子が四つ葉を探すこともなくなるかもしれないと思うと、切なくなる。

「そんなことないですよ。四つ葉のクローバーを押し花にしてしおりにしてあげたら、みんな喜んでくれますよ」
「そーかな」

 下から助手が主張して、配るほど作ったらそれこそありがたみがなさそうだと思ったが、喜んでもらうことは良いことだと、所長はプランターを見ながら、腕組みをしてひとつ、大きく頷いた。

「そうだな、そしたらしおりを売って一儲けしよう」
「また、なんでそう夢を壊すようなことを」

 机にかじりついたまま助手がなにかをくじかれたように渋面になった。全部四つ葉などと、それ自体が夢のようなことだろうに、と所長は思い、夢はあまりふくらませすぎない方がいいと考え、そうそう割れたときが大変だからなと、自己完結した。だからとりあえず四つ葉のクローバーはしおりにして売るべきなのだ。

「まあ夢はどうでもいいから。ところで研究員、いつになったら四つ葉のクローバーが生えてくるんだね。見たところ、種は植えてあるようだが」

 水やりもしてあるように見える。土はしっとりと湿っている。所長が問うと、研究員は心底気楽な調子で言った。

「さあ、いつになるでしょうね。確率の問題ですし?」
「? どういう事だ?」

 助手もきょとんとして研究員を見上げる。研究員は果てしなく気楽な様子で説明をはじめた。

「だからですね。つまり、三つ葉のクローバーは生えてこないわけですよ」
「だから全部四つ葉なのですよね?」
「そうです。だからつまり、たとえば百個の種があるとしてそのうち一個が四つ葉だとしますよ? 百個芽が出たら一個だけ四つ葉です。それを一個の種で起こすとすると、種が百回芽を出そうとすれば、そのうち一回は四つ葉なわけですよ。わかります? 三つ葉が生えようとしたら、その生長をリセットして、もう一度育ちなおさせるんです」

「…………」

 所長は顎を撫でた。
 で、結局同じ質問をした。

「……じゃあ、いつ芽がでるんだ?」
「さあ。百年に一回くらいは発芽するかもしれませんね」

 研究員はいつまでも気楽な様子で笑った。


  *  *  *


 そんなうまくはいかないお話。


「求める」話しアップするって言ったんですけど挫折。やっぱり気持ち悪いだけでおもしろくないってのは犯罪だと思うのです。そんでぐるっと思考を変えて、四つ葉のクローバーのお話を書いてみました。そういや必ず四つ葉のクローバーって、一昨年くらいに育てたなあって。
 あれって本当はクローバーじゃないんじゃないかって思うんですけどなんか可憐なイメージ全くないし、色がちょっと紫だし。所長の「もっさり生えるクローバー」は私の中ではあれなんですけど、誰か見たことないかなー すっごく生命力強くて放っておいても枯れないの。
 やっぱり会話書くの楽しい。求める話しは会話ないのでつらいです。でも練り直して再チャレンジしたい。
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by plasebo55 | 2006-05-01 23:57 | オリジナル小説
「しょうがねえ、医者に行くか」
 拓海は無意識に声に出して、大儀そうに椅子から立ち上がった。


 正直なところ、医者に行っている暇などない。もう締め切りまで二日もない。明日の昼ちょうどには担当者が来て、情け容赦なく原稿を回収していく。それまでに、食事も睡眠もクソする時間も削ったとしても、あと二十六時間しかない。病院に行けば半日がかりだ。何時間残るかしらないが、二十六時間でさえ、あと二十枚あまりの真っ白な原稿用紙を埋めるのに、とても十分な時間とはいえない。

 ふーっと息を吐く。息は白く濁っていて、それは煙草の煙だった。
 にしたって、いったいどの医者に行けば良いんだか。口の中でぼやいて、頭を掻く。

 かといって、このまま作業を続けるのはかなり効率が悪かった。拓海はパソコンで小説を書くのだが、このところそれがうまくいかない。他を見ているときは正常なのに、パソコンの前に座ると目がかすむ。いや、かすむなんて生やさしいものじゃない、見えなくなるのだ。
 文字を打ち込むだけなら画面もキーボードも見ないでできるが、小説を書くとなると話しはべつだ。読むことを前提にして書くものを、書いた自分が読めないのでは文字通り話しにならない。

 家を出る。日差しがずいぶんと明るい。ああ春だからかなどと、分かり切ったことを実感させられて拓海は太陽を見上げた。まぶしくて、目に痛い。顔を顰めて目をつぶる。ちょっとだけ涙が出た。
 自転車にまたがり出発する。どの医者にかかれば良いのかはわからないが、自分が知っている医者はそれほどいない。いまさら新しい医者にかかる気にもならず、十数年前行ったきりの眼科に向かう。多分ストレスと言われるのだろう、けれど違ったら、内科じゃ目の検査はできんからな、とくわえた煙草の先を上下させる。灰が落ちるのが見えた。

 眼科は、休みだった。

 拍子抜けしたのと同時に少しだけ、安心している自分がいる。自転車は止まらずに眼科の前を素通りした。

 ま、これも縁ってやつだな。
 なにが縁なのか、手遅れになるときはきっとこんな理由だろうと思うが、結局別の病院に行こうとは思わなかった。来たときとは別の道を選び、拓海は自転車を走らせる。
 ここは、小学校に近かった。懐かしい景色。小学校の頃の、自分の縄張りだった場所。所々変わってしまったが、面影はある。熱帯魚屋と、八百屋が向かい合った十字路を抜けると、何とかという宗教の幼稚園、細い道だ、しばらく行くと公園がある。

 二丁目公園。ブロンズに似せた、安い立て札も変わっていない、たいした遊具のない広場のような公園だ。奥の方に土が盛られて小さな丘のようになっている。

 自分が子供の頃は、たしか、にっちょこ、と呼んでいたか。にちょこ、だったかもしれない。

 日向の中、自転車は公園の前を通り過ぎる。
 公園に、数人の子供が見えた。一瞬だった。

 今のガキどもも、にっちょこと呼ぶのだろうか。

 拓海はそんなことを思って、それから遮断機を下ろす踏切が見えたので、ブレーキをかけて、止まった。
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by plasebo55 | 2006-03-08 23:42 | オリジナル小説

朝食ヨーグルト

 自分の部屋はあった。自分の机も。ゼミ室の一部を仕切ってある、配属生たちも近づかない、公認の、自分の居場所。
 けれど碧がその場所にいることはほとんど無い。配属生たちが近づかないのは、ひとつは下手に近寄ってうずたかく積み上げられた資料や文献を崩して碧に睨まれたくなかったのと、もうひとつは、そもそも碧がそこにいないことが多かったからだ。
 彼女の事を知る配属生たちはまず、ここを探す。実験室の窓際に位置する、実験台の前。

 何枚も重ねられたIRの結果を見ながら、碧は数度、瞬きをした。ふと、自分が何を見て何をしようとしていたのかわからなくなっていることに気がつく。集中力の欠如。左手に握っていたマーカーが、机に緑色のミステリーサークルを描いている。もしかすると寝ていたのだろうか、目を開いたまま? 眼鏡を外して目を押さえる。酷使した目は閉じるだけでしみて、涙がにじんだ。
 データの書かれた紙を放り出して、指を組み上げ伸びをする。と。

「あんまり徹夜ばっかりしてると、クマできちゃいますよ、クマ」

 突然といってよかった。びくりとからだが震えると、体重をかけていた椅子の背もたれがぎしりと鳴る。

「……ソウ」

 ゼミ室の机にも負けないほど積み上がった資料の向こうに、青年が立っていた。クマと言って指さしていたのだろう、自分の目の下を指さして少し身を乗り出していた。蒼は碧の様子に、笑ったようだった。にこり、と。そう表現するのに何のためらいもいらない、悪意の無い笑み。

「早いな、ずいぶん」

 言いながら時計に目をやる。朝から実験室に現れる生徒など皆無に等しい。そういえばいつのまにこの部屋に、この机の前に立ったのだろう。碧は実験室の壁掛けの時計を確認する。机の上にも黄色い目覚ましがあったが、チャートに埋もれて姿は見えなかった。

「早いってほどでもないですよ。もう7:30過ぎたし」

 本当に、7:30だった。いつのまに、とこちらにも驚きを隠せない。いまだに上げたままだった手を下ろして、眼鏡をかける。よりはっきりと、蒼の表情が見えた。無意味に握りしめていたマーカーをペン立てにしまってみたりする。
 マーカーをしまう必要などない、すぐに使うのだから。ただ何かしていないと、蒼を見続けてしまう。

「講義は9:00からだろう?」
「はい」

 蒼は素直に頷いて、それから手に持っていたビニールの袋を差し上げて見せた。近くのコンビニのものだ。それを上目遣いに確認する。

「朝ご飯、先生と一緒に食べようかと思って。いろいろ買ってきたんですよ」

 なにがいいですか?と、袋の中身を覗きながら蒼は笑みを絶やさない。反対に碧はあっけにとられて言葉を失っていた。

「肉まんと、焼きそばパンと、カステラと、おにぎりと、あ、これはツナマヨと梅シソと北海鮭ですけど、それからサンドイッチと」

 ごそごそと、なにやら探りながら告げられるメニュー。明らかに一人分ではないそれに、前言に偽りはないのだと、碧は思いを巡らせる。本気で、自分と一緒に朝ご飯を食べる気だ、この青年は。

「さ、先生どれにします? 先に選んでいいですよ」

 次々と上げられた商品名の大半は頭から抜けてしまったが、何となく胃が重くなる。ただでさえ徹夜明けだ。ものを口に入れるという行為が億劫なのに、選んでよいと言われて喜ぶほど、食べられるわけがない。
 ない、が。

「……じゃあ、ヨーグルト」

 蒼の顔を見ていると、そうは言えなかった。
 今の胃にも受け入れられそうなメニューを口にしてから、気がつく。先ほど蒼が上げた商品のなかにヨーグルトはなかったはず。

「ヨーグルトですか?」

 きょとんとした蒼の顔。その視線がコンビニの袋へと落ちる。

 なんとなく、気まずい。なんと言って訂正するか。というのは冗談で、などと言うには間があきすぎたし、買ってこい、などと言うほどヨーグルトが是非食べたいわけでもない。
 碧が一人で頭を巡らせていると、蒼はにっこりと笑って承りました、と胸を張った。

「どうぞ、召し上がれ」

 一度ゼミ室に姿を消した蒼が現れたのは、1分もかからなかっただろう。お盆に、マグカップを二つとヨーグルトをのせて、戻ってきた。
 片方のマグカップと、カップ入りのヨーグルトを、碧の、文献やらで狭くなった机のスペースに置く。ヨーグルトはカップのまま小皿の上にのせられていて、スプーンも付いていた。

 走って買いに行ったわけではないだろう。蒼は平然としていて、コンビニの袋から自分の朝食を選んでいる。ヨーグルトはやはり、あらかじめ買ってあったものを、一度冷蔵庫にしまっておいたものだろう。碧は確かめるべくヨーグルトに手を伸ばす。ひんやりと冷たい。この感触は冷やしすぎのゼミ室の冷蔵庫の感触だ。
 間違いない。このヨーグルトは冷蔵庫に入っていた。

 確信すれば、それはもう一つの可能性につながることに気が付いた。この青年は7:30という今よりも、ずっと前からここにいた、という可能性。
 温まってはまずいものを、冷蔵庫に入れたのだ。すぐに食べると言うのならば、その必要はない。何かをするために早めに登校し、一仕事終えてから朝食に、とあらかじめ決めてあったのだろう。

 いつからここにいた。と、問いたい気持ちを抑えつける。確かめてしまうと、IRのデータを手に呆けていたところを見られていたかもしれない、その事実も確認してしまう恐れがある。

「いただきます」

 黙って、手を合わせることにした。例え目を開いて寝ているところを見られていたとしていても、お互い気づいていないふりをしていれば、それ以上恥ずかしい気持ちになることは無いだろう。
青年の方はみないまま、自分のカップに口を付ける。蒼のいれてくれたカフェオレは、ずいぶんと温かかった。
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by plasebo55 | 2005-12-09 18:34 | オリジナル小説

におい

 この街に入ってまずすることは、思い出すことだ。
 思い出す。思い出される。このにおいが引き金になる。
 思い出すことは芋づる式につながって、すべて思い出すには一呼吸もかからない。

 ああ、そうだった。

 息を吸う。ふた呼吸目からはなにも感じない、水蒸気のにおい。街の中はどこもこのにおいで満たされている。風が吹くと時折、冬のきりりと冷えたにおいにあたる。それは堪能出来るほど姿を現すわけではなくて、すぐに水蒸気の向こうに消えてしまうのだが。
 水蒸気はこの街の機械が高度に発達した証でもある。ただ、中心部に近づくほどに濃くなる水蒸気のにおいは、多少息苦しい。そしてじわりと暑い。

 コートを脱ごうとボタンに手をかけてやめる。丸めて手に持てば、ポケットに詰め込んだ手帳や万年筆や数えるほどしかない自分の所持品を落とす可能性がある。それだけは、したくない。マフラーだけをとり、鞄に詰め込む。もうなくすのはこりごりなのだ。

 メインストリートを行く私の足は相変わらずの早さで、水蒸気にまとわりつく隙をあたえているようだ。頬のあたりがしっとりとしめってきている。これで冬の空気が触れれば、身震いするほどの冷たさになるだろう。暑さと寒さとが同居する街だ。技術を生み出す街。

 街の人々がコートを着込んだまま歩く私を、不思議そう、またはおもしろそうに見て、また自分の世界に戻っていく。早くホテルに着かなければ、この街の人々すべてに顔を覚えられてしまいそうだ。
 頭に手をやる。帽子、ある。軽く手で押さえてかぶり直す。

 そう、この街の名前は彼女の名前に似ている。思い出す暇がないほど世界を飛び回っているわけでも無いと思うが、彼女の名前を思い出すのはいつもこの街だ。
 生み出す街で、私はすべてを失った。
 そしてこの街に来て、失ったすべてのものを思い出すのだ。

 水蒸気のにおいとともに。
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by plasebo55 | 2005-10-14 16:45 | オリジナル小説

携帯電話3

 優しく眠ろう またあした
 悲しいことも 苦しいことも
 夢見ることはない
 月明かりに守られて
 眠る 子ら

「眠る 子ら 願わくば――」

 そこまで口ずさんで、自然と口が止まる。ひどい雨だ。今日はやまないだろう。窓を叩く雨音がうるさい。こんな日は家にいるに限る。どこに出かけたって泥がはねて服を汚す。そうしたら私は不機嫌になって、なんで出かけたんだろう家にいればよかったと、思うに決まっている。

 思うに決まっているが、出かける支度は着々と進んでいく。旅行に行くというわけでもないので荷物は少ない。化粧をして、お気に入りの口紅。丈の短くなりすぎないスカート。
 携帯電話が、二つ。

 一つは新しい。毎日よく鳴るし、よく繋がる。
 一つは古い。あれから一度も鳴らないし、それなのに毎日充電しないといけない。

 それぞれを充電器から外して、鞄につめる。出かける準備は着々と進んでいる。
 それはもう日課だった。万が一、と考える自分は未練たらしいと思われているだろうか。彼と最期にあった場所。そこを一日一度は訪れること。待ったりはしない。私もそれほど時間をもてあましているわけではない。

 メールは最近、送っていない。100通までは毎日送ったが、やはり返事はなかった。ひどく落胆したが、世界の人たちみんながみんな、映画のように劇的に望みが叶うはずがない。そう思うと泣きたくなって、今でも泣きそうになって、音を立ててため息をついて紛らわせる。
 その後から一日さぼり、二日さぼり、とメールの間隔は開いていった。いずれ全く送らなくなってしまうのだろう。そうして、あの人のことを忘れていくのだ。
 あの場所にも通わなくなる。

 そんな日が本当に訪れるのだろうか。あの人のことを思い出さない日々。それは今思うととても悲しくて寂しい。今の苦しい気持ちを今を差し引いても、永遠に訪れないことを望んでしまう。けれど。

 忘れてしまったら、悲しい思いも苦しい思いも一緒に無くなってしまうんだろう。

 あの人を忘れてしまったときには、この気持ちを思い出すこともない。考えてみると不思議な感覚だ。忘れてしまうのに、悲しくない、など。それは本当に自分なのだろうか。あの人を忘れてしまう自分は、今の自分にちゃんと繋がった未来なのだろうか。

 だが、今はまだ、覚えている。だから私は行く。

「願わくば――」
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by plasebo55 | 2005-10-10 10:54 | リクエスト小説

ウィシュコスとフィロー

「捨てるくらいなら拾わなければいいんだ」

 気が付いたときには、叫んでいた。本来なら口にすべきではない、言えば言うだけ、自分が惨めになるだけだ。

「興味本位に拾われて、あきたら捨てられて、そうやって扱われる人間の気持ちがあなたにはわからないのか」

 この男に訴えて、通じるなどと思っていない。言葉を並べるだけ自分の立場を思い知る。自分の気持ちを思い知る。何も感じない男に向かって自分の言葉たちをぶつけて、そのあとどれだけ悲しい気持ちになるのか、ウィシュコス自身が一番よく知っている。

 けれどこのため込んだ感情は、もうたまりにたまって、これ以上抱えていたら気が狂いそうだった。無意味だと知っていても、はき出してしまわなければこの先一歩も進めない。

「俺はおまえを捨てたりしてねえよ」

 答えたフィローの声は、言葉とは反対に冷え切っていた。ウィシュコスはぎくりと身をこわばらせる。この声音とも、何回か遭遇したことがある。これは、フィローが心底怒っているときの声だ。

「はなから拾ったりしてねえんだから。おまえは物じゃねえ、聞いてやっただろうが、ついてくるかって」

 凍り付いた体を、怒りが一瞬にして溶かす。

「そんなのは詭弁だ。あの時はついて行くしかなかったんだ。他の選択肢はあなたが全部奪った」
「おまえの故郷をつぶすことは決まってたんだ」
「決まっていたなんて他人面できるのか。あなたがやったんだ。全部奪った。家族も、家も、何もかも。僕のことも一緒に殺せばよかったんだ。そうしたらあなたのことを尊敬したり愛したり憎んだりすることなんてなかったんだ」

「選べばよかっただろうが。ついて行かないことを。そうしたら殺してやったのに」

 視界が赤くなる。怒りの色、煮えたぎった血の色だ。

「そんな言葉――」
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by plasebo55 | 2005-08-30 17:40 | オリジナル小説

フィロー

 細胞のひとつひとつが悲鳴を上げているみたいだ。

 ジンガーはペンを握って、ふとそう感じた。脳細胞を流れる電気が加速して、ちりちりと焼け始めるイメージ。きな臭いのとは違う、脳が熱を持ち始めて、重い、頭痛のようだ。
 喉の渇きを覚えたが、唾液を飲み込んだりしない。喉を動かせば、緊張しているととられるかもしれない。宿帳にサインをするだけで、なにをそんなに緊張しているのか、と。

 今更フィローの名を騙ることにためらいはない。綴りもわかる、フィローが教えてくれた、古代語で恐怖と同じ綴りだと。うまくやれないことはない、自分はうまくやらなければならない、それがフィローの願いだから。自分を育ててくれた人の、最後の願い。

 自分の手を動かせない理由は失敗を惧れているせいではない。

 今、ここで、宿帳にフィローとサインをすれば、ジンガーという名前は、死んでしまう。フィローがくれた名前が、永遠にかたられなくなって死んでしまう。
 何も持っていなかった自分に名前を与え、世界が一つきりではないのだと教えてくれたのはフィローだ。世界が広くて、危険に満ちていて、そのなかで生きていく方法を教えてくれた。そして死ぬ間際でさえ、この自分に生きていく道を示した。

「どうしました?」

 声をかけられ、顔を上げる。宿の主はいぶかしんだ様子だったが、名前を書かないことに対してではなかった。「なにかおかしな事でも?」と、愛想笑いと朗笑するのとの中間のような顔をして、首を傾いでいた。どうやら自分は笑っていたらしい、反対の手で顔に触れて、わかる。ああ、と同意とも納得ともとれる返事を返し、笑みを深めた。

「いや」

 笑みを収めて、ゆっくりとサインをする。

「息子は、どうしているかと思ってね」

 フィローの息子。自分が知っているのは二人、ウィシュコスと、ジンガー。たった今、彼の最後の息子さえ消えたけれど。

「元気にしているといいんだが」

 口にして、耳で聞いて、なんだか自分がフィローに言われているような気がして、涙ぐみそうになる。自分が泣いたら変だろう、フィローが泣いたら。

「大丈夫ですよ、きっと」

 根拠はないだろうに。宿の主が答えた。微笑んで。しゃべれぬジンガーのかわりに。

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 涼しいですね。めっきり。なにやら虫の声がしてます。秋です。このまま秋に突入するんでしょうかね。そんなこと言ってて、毎年残暑にやられるんですけどね。

 今日は久しぶりにお題サイトさんなんか覗いちゃって、そしたら使いたいお題が出てきてしまって、それじゃいっそのこと天使の視界で使ってみようか、とか思案中です。そしたら本館のほうに移動して、とか。せっかくサイトをリフォームしたのに、更新するものが(100のお題しか)ないから、物足りないかな、とか。それならちゃんと図書館とか行って資料そろえて本格的にするかな、とか。

 とかいって、これから冬なのに大丈夫なのかな自分(汗)

 ぜったい、こう、忙しさに殺されちゃいそうです。

 あーでも和風ファンタジーって、一回本格的に書いてみたいな。どうしようかな。
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by plasebo55 | 2005-08-28 23:33 | オリジナル小説

携帯電話1

 ものを考えるのは腹が減る。それは脳みそが勝手に糖分を使うせいだが、そんな理屈抜きにしたって、腹は減る。考えないときも、もちろん減る。

 俺は床に寝転がって仰向けになって小汚い天井を眺めて、一日だらりと過ごしていた。本当ならこうして筋肉を落とすような生活は、いざという時命に関わる。狭い部屋でも体を動かし運動能力を保つことが最良。なのだが。それがそうもいかない状況だ。小さく息を吐く。わざと音をたてて。監禁されたこの身では、筋トレさえままならない。残念なことに。

 減りすぎて鳴らない腹を撫でる。食事の間隔がめちゃめちゃだった。三度出たのは最初の一日だけで、まあこりゃあ楽勝だと思ったのだが、脱走のチャンスはいくらでもある、と。相手もそうそう甘くは無かった。次の日は朝出たきりで昼も夜も抜きだった。絶食するよりも、食べたり食べなかったりの方が、精神的にきつい。もしかするともう食えないかもしれないというころに、食えたり、さらに食えなかったり。三日ぶりに出た食事に薬が入っていた日には、もう、本当につらかった。

 薬というのは自白剤のことだ。重要な秘密を聞き出すそれ。まあ、大概の自白剤には耐性があるから食べても問題ないだろうが、もしも喋ってしまえば、その瞬間から俺の価値は無くなるわけだ。その場で命は無くなるだろう。それだけは、避けたい。
 俺は、生きたいのだ。

 右手に握ったままの携帯電話は沈黙したままさっぱり鳴らない。掴まったときにどうして取り上げられなかったのかと思ったが、なるほど、画面に出るマークは絶望の圏外。赤字のそれは部屋の隅から隅まで持って歩いても変わることはなく、掲げても寝そべっても振っても変わることはなく、ゆっくりとすぎる時を告げるだけだ。

 俺はたまに、思い出したように携帯電話の画面を見る。最近のものは性能がいいらしく、電池も残っている。なのに、通話も送信も、できない。これじゃあ赤ん坊をあやすガラガラと同じだ。いや、音がないからそれ以下か。無機質な銀色のボディ。なんの役にも立たない。けれど俺は、それを手放すことができなかった。なにか淡い期待を抱いていたのかもしれない。繋がることを。だから、右手に握りしめて、ひとときも離すことができなかった。飯を食うときも、用を足すときも、寝るときも。

 首を傾けて銀色の固まりを見る。と、ふと試していない事に気が付いた。部屋の中は電波が届かないとしても、窓から手を伸ばした外側には電波が来ているかもしれない。寝転がったまま高い位置にある窓を見る。鉄格子がはまっているが、窓は開閉できる。

 立ち上がるとふらつく。かなり腹が減っている。これからの行為は残り少ない糖分を使ってしまう、夕飯がでなければ命取りだ。試すことが無駄だということは薄々わかっていた。だが気が付いた以上は試さないではいられない。
 あらかじめ作成したメールを表示。鉄格子に飛びついて、体を引き上げる。窓を開けて携帯電話を持った腕を外に突き出すと、画面は見ることができない。見当をつけて、ボタンを押す。

 だめか。

 しばらくしたあと戻した携帯の画面には通信エラーの文字。やっぱりとも思うが、諦めずにもう一度チャレンジする。今度は反対側に腕を伸ばして、送信。と……

 あ、と思ったときには遅かった。反射的に左手がものを掴むように動く。けれど掴んだのは空気。操作ミス、だ、なんてことを。携帯電話は、うっかり手から滑り落ちたのだろう。下を覗こうにも鉄格子が邪魔でできない。
 唯一の通信手段を。

 鉄格子にしがみついたままどうにか窓の外を覗こうとする。隙間から見えるのは遠い海と灰色の空と。携帯電話の銀色ボディどころか、下がコンクリートなのか芝生なのかもわからない。くそ、悪態をついたところで鉄格子の一本もはずれやしない。

 だれか、そいつを拾ってくれ。心の中で絞り出した叫び。は、けれど幻覚を生むくらいの力はあったようだ。

「ねえ」

 細い、女の声。

「誰かいるの?」
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by plasebo55 | 2005-07-24 00:00 | リクエスト小説

携帯電話2

 おーさき、まつ、しながわ、こーの。

「だからさー えー? それじゃ私がばかみたいじゃん」

 えとーさん、あや、みっつー、なべさん。

「うん、じゃあね? いつものとこで」

 受信履歴にも着信履歴にもたくさん名前があるけど。そこにはたった一人、私がいちばん大切にしている人の名前がない。あるのは、送信履歴だけ。一方通行、それも、送信エラー。つながりさえしない、私の言葉。

 それは突然のことだった、と思う。向こうは、ずっと思っていたのかも知れないけど。少なくとも前の日とかは喧嘩もしなかったし、約束はしなかったけど、またね、って言って帰っていったんだから。だから送信エラーなんて、気にもしなかった。あの人が携帯のつながらないところに行くのは、もう趣味みたいなもんだと思ってた。しょっちゅうだったんだから。けど、一度繋がらなくなった電話は、二度と彼と繋がる事はなかった。

 どこでどうしているのか、それだけ、知りたい。無事でいるのなら、それだけでも知らせて欲しい。こんな心配な別れ方は嫌だ。いつかだめになっちゃう日が来るとしても、いつもみたいに格好つけて、それでさよならを言って欲しい。

 小さな、ため息をつく。わざと音をさせて。

 三ヶ月も音信不通だ。もう諦めた方がいい。アドレスも電話番号も変えてしまったのだろう。わかってる。だけど私は、毎日メールを送る。たわいもない毎日を書いて、送る。必ず戻ってくるメールはまるで日記のようで、もうすぐ100通に手が届くところだ。

 100通目には、何か起こるかもしれない。メールが送信できて、あの人とまた電話で話せるかもしれない。淡い期待、しない方がいいとわかっているけど、100通目が近づくにつれて、期待が高まるのは押さえようもない。どきどきする胸を手で押さえて、今日は92通目のメールを送る。

 送信エラー。

 けれどこれでまた100通目に一歩近づいた。

 落胆と、希望と。
 100通目に繋がる明日と、あなたからの連絡を待ってる私が、いる。
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by plasebo55 | 2005-07-23 23:55 | リクエスト小説