今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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タグ:魔術師と魔術助手の話 ( 10 ) タグの人気記事

 それは日課になりつつあった。

「まったく。あの人は王様やってる自覚あるのかな」

 がらんとした部屋の入り口で、男はため息をついた。

 *  *  *
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by plasebo55 | 2010-02-19 21:33 | オリジナル小説

エール③

 女性は髪をかき上げた。

「それが君の選択」

 テーブルの向かい側、長い髪が女性の指の動きにあわせて揺れるのを、僕は吸い込まれるように見ていて、ふと、気づいた。普段は涼やかで知的な輝きを宿す彼女の瞳は、今は感情を落として暗く沈んでいることに。暗いまなざしが僕をじっと見つめている。

「正直、失望した感がないわけでもない」

 その言葉に、かあっと頭に血が上るのがわかる。冷静でなければならないと、出がけに先生に散々言われていなかったら、この場でわめきだしていただろう。

「僕だって、この答えが正しいなんて思ってる訳じゃないです」

 わめく代わりに握りしめる拳が震える。
 自分が完璧だなんて、そんなこと、思ったことはない。
 自分が正しいなんて、言える自信なんてない。

「僕が正しいなんて、言うつもりもない」

「完璧な人間はいない、か」

 女性はそこで初めて嘆息した。瞬きをした彼女の目元は光を取り戻していたが、僕を見てはいなかった。掌を僕に向けて、伸ばした手を見ている。マニキュアの塗り具合を確認するような、仕草。

「それは、怠慢への言い訳じゃないと言い切れるかい」

 ぎくりとした。

「自分が正しくないから正しくない答えが許される? 完璧でないから完璧でない選択肢が許される? それを安易に選んではいないかい?」

 見ていた爪で、グラスをはじいた。ちん、と高い音。

「錬金術は、最善の選択では駄目だ。魔術助手も、そうだろう? 正しくない物を基底に据えれば、積み上げる物は全て歪んでしまう。それを使えば、結果はわかるだろう?」

 不純物の多い魔力の結晶は、魔術が正しく発動しないばかりか、行使する魔術師に牙を剥くことがある。

「だけど、完全な魔力の結晶なんて」
「そう、存在しない。けれど、絶対にありえないことだろうか。君は考えたことがある?」

 女性はそういって、言葉に詰まった僕を見ると、少し笑った。

「少し休憩しようか。甘い物が考え事には必要だよ」

 いつもの、毒々しい赤紫色のお茶が入ったコップが、僕の前に置かれた。
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by plasebo55 | 2009-11-09 20:37 | お題
「魔術助手に、かい?」

 子供の申し出に、俺は、ふむ、と顎を撫でる。
 目の前の子供は「お願い」と言っておきながら、ずいぶんと厳しい視線を向けてくる。生半な理由では、諦めないだろう、そういう目だ。
 俺は内心困った、と再度顎を撫でて、視線を天井に逃がした。見慣れた天井に、あ、焦げ目が、などとつぶやいたりして、言葉を整理する時間を稼ぐ。

「魔術助手は魔術師になるより大変だと思うけどねえ」

 ちらりと視線をやる。と、子供は視線を険しくしてきた。
 諦めろ、と言われたように感じたのだろう。そういうつもりはないけれど、実際、力を行使する魔術師になるよりも、力を引き出す魔術助手の方が、難関な職業だ。それに、魔術助手は、そもそも「魔力」が見えなければ──それは持って生まれる能力で、努力して身に付くものではない──なることはできない。子供の、天分の問題。

「それに俺は魔術師であって魔術助手じゃないから、教えられるほど詳しくはないし」

 同じ魔力を扱う職業であっても、その性質はまるで違うものだ。
 魔術師であっても、その技術がそのまま魔術助手の技術に生かされることはない。教える、俺の能力の問題。

 それに。

「魔術助手になりたいのは、君の父上のため、かな」

 ぎゅ、と子供の拳が握りしめられた。なんとわかりやすい肯定だろう、俺はため息をついてかぶりを振った。

 子供の父親は、あの大火事の日に命を落とした。火事のせいではない。刀傷を無数に残した遺体は、右手を切り落とされていた。何かを握りしめて離さなかったのだろう、それを、火をつけた犯人が切り落として腕ごと持ち去った。そう、近衛隊は見解を出した。

 伏せていたわけではないが、子供は、どこかでその話を聞いたのだろう。もしかしたら、父親の研究していた内容についても聞いたのかもしれない。
 いずれ、折を見て話すつもりではあったが。そこまで考えて、そうか、と腑に落ちる。子供の厳しい視線は、そもそも俺に向けられているのだ。父親の死を隠した、と。それは多分、善意、悪意にかかわらず、負の感情を呼ぶものなのだろう。

 いずれにせよ、父親が殺された理由がその持ち去られた何かだとすれば、子供がそれを知りたいと思うのは自然なことかもしれない。知るために、父親と同じ職業を目指そうと思うことも。

「そういう理由は、俺はあんまり好きじゃないんだけど」

 ぽり、と頭を掻く。

「でも、まあ、君がどうしてもっていうなら。というかどうせ何を言ったって聞きはしないだろうしね、いいよ、好きにするといい」

 子供は、何を言っても折れる気配を見せないだろう、そう、思えた。いや、そう感じられるのは、俺自身も本当は反対ではないからだ、と考えてみる。俺が、子供の父親の死の真相をしりたいと思っているからだ、と。

 いやそもそももっと単純に。

 先に考えたことを、直感的に否定して、子供にも自分にも向けて、小さく頷く。

「ただし、俺の言うことは守ってもらうからね」

 息子とは、父親の背中を追うものなのだろう、と。偉大であるとか誇りであるとかは無関係に、いずれ越えていく存在として、父親があるのだ。目の前の子供は、きっと父親が生きていても魔術助手を目指したにちがいない、そういうことだろう。

 唇を引き結んだまま、子供が勢いよく頷いたので、俺は言った。

「返事は、はい、ね。それから俺のことは先生と呼びなさいよ」
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by plasebo55 | 2009-09-18 23:52 | オリジナル小説
 何故泣くのかよくわからなかった。

 俺は、燃えさかる炎に包まれたあのときでさえ、ひとかけらの恐怖も感じなかった。なのに腕の中に抱きしめた子供は、大きな声で泣き出し、それで俺は足を止めた。リビングの中央。研究室からの炎が激しい。黒い煙が流れ込んでくる。
 早く建物からでないと、炎より煙に巻き込まれかねない。頭ではわかっていた。けれど、あのときは子供への興味が勝っていた。泣き声は、炎が建物を焼き尽くす音に負けまいとするようだった。

 応援でもするつもりなのか、無責任に。
 それともいよいよ迫る炎への恐怖で。
 早く出ようとせかしているのか。

 まさか助かるとわかったわけではないだろう。俺は、死ぬ気はなかったし、こうして死なずにいるけれど、それは子供にはわからないことのはずだ。

 泣く子供がよく煙りで噎せ込まないものだと、感心して、今更身を低くする。研究室以外は木造の建物、火の回りが早い。建材の水分が膨張して破裂と共に火が噴き出す。観葉植物が爆風で倒れ込んだ。

 テーブルの上のランプが熱で破裂する。そろそろ、出ないと危ない。

 炎でつつまれた四方を見る。玄関は駄目だ。研究室に近い上に、廊下の向こうはどうなっているのかわからない。
 空間転移するか。思いついて、すぐに却下する。研究室に蓄えてあった、魔力結晶が砕けて、濃い密度の魔力が空間に立ちこめている。空間転移は魔力を制御しきれないかもしれない。俺ひとりなら、それでもいいが。腕の中の子供は、魔術を制御する基礎さえしらない。魔術が暴走したら、助けられない。魔術は駄目だ。自分の足で外へ。

 外へ。
 体が動く。

 炎の向こうに見えた窓へ、飛び込む。
 ガラスの破片。
 爆発音。

 背中から石畳の上に落ちる。呼吸が詰まる。

 子供は、まだ泣いていた。
 俺はのろのろと立ち上がって、子供を抱き直す。

「もう、大丈夫だ」

 聞こえた言葉が自分の声で、驚いた。




「それが、あの子を引き取りたいという理由のつもりかね」
「なりませんか」

 向かい合う老人は、ふうむ、と髭をなでつけ思案するそぶりをみせた。いや、困惑しているのかもしれない。少なくとも、自分の立場で望んだものが手に入らないことなどないのだ。結論は、出ているはずだ。

「理由を説明しろと言ったつもりだが、君は経緯を伝えただけではないのかね?」

 そうだろうか。

「まあいい。ただし、定期的に視察させてもらうことにするが、いいかね」
「ええ、もちろん」

 老人は、大きく息を吐いた。

「心配だよ。君が親代わりをするなどと。いろいろと、心配だ、夜も眠れん」
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by plasebo55 | 2008-02-05 12:41 | オリジナル小説
 その部屋は、想像よりも人の気配に満ちていた。
 こぢんまりとした部屋の真ん中には白いテーブル。天板は白。その上に薄い水色のマットが敷かれて、花が飾られている。よく手入れされた床には、重いものを落としたようなへこみやささやかなひっかき傷が見て取れる。ぎっしりと詰められた本棚に比べて、食器棚の中は閑散としていた。

「意外か?」

 ガラスのカップを僕の前に置きながら、女性が問う。僕よりわずかに年上の彼女は、けれど大人と呼ぶには若すぎる。涼しげな目元や、頭の上へまとめていた髪をほどいて頭を振る仕草などは、大人びてはいたけれど。

「いいえ、それほどでも」

 長い髪は癖一つ付かない。彼女は僕の前に座るとわずかに唇に笑みを乗せた。

「私には、君が一人で来ることこそ、意外だが」

「そ、そうですか」

 置かれたカップに手を伸ばす。液体の色はよどんだ赤紫色だが、においは柑橘系で肺がすっとする。どんな味がするかためらううちに、彼女は同じガラスのカップに、何食わぬ顔をして口を付けていた。

「ようやく錬金術に興味を持った、ということか」
「あ、ええと、それは」

「冗談だ」

 僕が返答に困っているうちに、彼女が言葉を取り下げた。しかし冗談という言葉はもう少し感情を伴う言葉じゃないんだろうか。からかうなり、あると思うけど、彼女はまじめな顔をしたまま言う。

「何が理由にせよ、会いに来てくれたことは嬉しく思う。今日君が来たのは運が良かった。昨日までなら術中で手が離せなかったから」
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by plasebo55 | 2007-02-02 23:45 | オリジナル小説
 彼女の口を手でふさいでクローゼットの中に隠れる。腕の中で暴れる彼女は、しかし男が口元に指をやってしー、と合図を送ると静かになった。静かになった彼女に男がにっこりと笑ってうなずく。ほとんど光のない状態なのに、それは、わかった。

「どういうことでしょうね」

 足音の、遠のく気配。クローゼットの外が静かになる。まだ彼らは宿の探索を続けるだろうが、家捜しをできる身分では無いらしく、入り口から中を覗く程度だった。

 僕が男を見ると、男も控えめにうなった。

「錬金術ギルドの連中のようだったけどね」

 白地に紺の四角を連ねたような幾何学模様の帯、ギルドに所属している錬金術師の特徴だ。

「またなにかちょっかいをかけたんですか?」
「ひどいな。そんな、いつも悪さしているみたいに言うと誤解が生じるよ」

 言った男の視線が、僕の抱いている少女の上で止まる。
 なにが誤解だ。こういうの、好きなくせに。

 彼女の口をふさいでいた手を放す。彼女はふは、と息をついで、頭を振った。広がった髪の毛が僕の胸あたりを叩く。

「あなたのせいじゃなければ誰のせいなんですか」

 言いながら、ふと、この少女のせいかもしれないと思いつく。結局、少女の親探しを引き受けたが、身振り手振りを交えて意思疎通すること半日、判明したのは彼女が人間ではないことだった。今はスカーフで隠れていて、まるで十歳ほどの女の子だが、彼女の首の後ろには山羊の耳のような羽が生えていた。エルフ、という妖精だ。言葉が通じないのも当然だ。

「それがわかっていれば、もう少しうまく立ち回れたと思うけどね」

 僕の思いなどそっちのけで、男は気軽に肩をすくめてみせた。

「どちらにしても錬金術ギルドに狙われているというのは、少しやっかいだなあ。どうにか理由でもわかれば、打つ手もあるかもしれないけど」
「近づいたら捕まってしまいそうですけどね」

 ギルドに追われる理由がわかれば、というのは的はずれではないと思うけれど。ギルドに近づくのは危険だ。まして、彼女を連れては行けない。かもネギのようなものだし、いざ逃げるとなったときにも足手まといだし。
 せめてギルドに近づかずに錬金術師を捕まえられれば。

「……そうか」

 僕の脳裏にある人物が浮かび上がる。感情を映さない瞳で、気をつけろ、と言った彼女。
 あの人なら、力になってくれるかもしれない。錬金術ギルドに所属しない錬金術師。しかもどの錬金術師よりも強欲に吸収した知識と技術を持つ人物。


 
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by plasebo55 | 2007-01-29 21:43 | オリジナル小説
「だから」

 僕は手を振り回して訴えた。例によって例のごとく、この男には適当に聞き流がされている。今日は酒なんか飲んでいるからなおさらだ。今の僕とは正反対に上機嫌でいる。

「ちょっと、ちゃんと聞いてください」

 相手の襟元をひっつかんでこちらを向かせる。

「おっと。危ないよ、こぼれる」
「お酒の心配よりすることがあるでしょう」

 精一杯の威厳を込めて相手をにらむ。けれど、男はへらりと笑って、手に持っていたグラスを口元に運んだ。

「だから」

 飲むなって言うのに。

 グラスをひったくると、男はああんと女の子のような声を上げる。

「なんだか今日、機嫌悪くない?」
「機嫌悪い、じゃありません」
「じゃあなにが悪いんだい」
「あなたが悪いんです!」

 とうとう、僕は声を張り上げた。酒場の喧噪を突き破って声が響く。店内は一瞬だけ静まりかえり、あっという間に元の音量に戻った。
 僕らに向けられた視線のうち、いくつかはそのまま残っていて、きっと酒の肴にされているのだろう。自分が注目を集めてしまったことに気がつくと、顔が熱くなる。

「あなたまでなんて顔をしてるんですか」

 まるで無関係みたいに。にやにやと笑みを浮かべて僕を見ている。襟元を掴まれたままだというのに、カウンターに肘なんかついて。

「だいたい、あなたはうかつすぎるんです。僕たちは追われる身なんですよ? それなのに目立つことばかりして。あまつさえ、できもしないのに親探しだなんて。
 人助けが悪いことだとは言いません。ですが、できない人間が手を貸しても、手を貸された方だって困るんですよ。途方に暮れる人間が増えるだけです。まして、警邏隊がお手上げの言葉の通じない子供を自分からすすんで保護を申し出るなんて」

 息が切れるまで怒鳴りつける。軽い酸欠で頭がくらりとする。

「うんうん、全く持ってその通り。まあ、とりあえず座ったらどう」

 男はおざなりにうなずきながらウェイトレスからグラスを一つ受け取る。僕が声を上げるまもなく、酒の入ったグラスとその透明な飲み物の入ったグラスを取り替えられてしまった。

「ちょっと、話はまだ終わってないですよ」
「いいじゃない。酒場はお酒飲むところだよ」

 それ、おごるから、と取り替えられたグラスをさして、男は自分のグラスに口をつける。僕は握りしめたグラスをにらみつけて、あおった。むせる。あはは、と軽い笑い声を上げて、男は僕の背中をなぜた。

「そうだね。あの子はしかるべきところに任せる方がいいかもしれないね」
「そうしてください。むやみに手をさしのべることが優しさじゃありません」

 そうだね、なんて。大の大人が今頃気がつかないで欲しい。

 咳き込みながら言うと、男はそうだね、と神妙な顔をして繰り返した。態度の変化に僕もそれ以上何も言えなくなって、黙ってにらみつける。

「でもさ」

 男はほおづえをついたまま、ちょっと上目遣いに空中を見上げて、口を開いた。片方手に持ったままのグラスが揺れて、氷が澄んだ音を立てる。これから言う内容を思ってか一度口を閉じて、わずかに笑みをこぼした。

「人の善意っていうのはさ、きっと、後先とか打算とかなんかそういう理屈抜きにさ、できてるんだと思うよ。もちろん、相手を幸せにするのはそういう自分が身を引く思いやりっていうのもあると思うけれど。
 困っている人がいて、思わず手をさしのべてしまう。人ってさ、自分ができるかできないかなんて、考えないんだよ。そういう善意を、誰しもが本能的に持っているんだよ」
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by plasebo55 | 2006-10-30 00:08 | オリジナル小説
 うとうととしてしまった。

 はっとして目を覚ますと、世界は真っ赤に染まっていた。うとうと、と思ったけれどどうもずいぶん長い時間眠ってしまったようだ。どうりで。なんだか長い夢を見ていたような気がする。
 一面緑だった草むらは、夕日に照らされて赤と長細い黒に染め分けられている。眠気覚ましに目をこすった僕の手も、もちろん赤と黒に色分けされている。赤い光はまるで染め粉を溶いた水のような不透明さを持って指の間を突き抜けて、黒い影と浮き立たせていた。

 嫌な色だ。
 僕は手を握りしめて目を閉じた。まるで血の色だ。いや。この色はまるで。

 どくん、と心臓が跳ねる。突然息苦しさを感じる。胸が苦しくなって、僕は胸を押さえた。心臓を締め付けられるような痛みに体を丸めて草むらに顔を埋める。

 まるですべてを失ったあの日の色。
 燃えさかる炎の熱と、物も人も燃えていくにおいと。

 逃げまどう人の絶叫さえ静かに聞こえて、たった今まで寝ていた自分の家が燃えて燃えて、中に残る父や父の店や品物や一緒に朝ご飯を食べるテーブルや大事にしていた観葉植物やなんやかんや、燃え尽きていくのを、声も出せずに見ている僕がいて。

 だめだ、と思った。

 震える手が、爪が土をえぐり、握りしめた草を引きちぎる。
 胃を裏返しにされたような、吐き気を感じるひまもなく、嘔吐した。涙が出る。それが吐き気のせいなのか恐怖のせいなのかわからなかった。映像が、記憶が、脳裏にひらめくたびに殴られたような衝撃を受けて、視界がちかちかと光って。

 ──しっかりしなさい。



「気が付いたかい?」

 薄ぼんやりとした視界はゆっくりと揺れていて、けれど悪い気分じゃなかった。

「ゆめ、ですか」
「悪かったね、一人にして。怖かっただろう」

「また、こどもあつかいを」
 また、じゃない。まだ、だ。あのときから、ずっとずっと、僕はこの男に養護されて、いる。

「おろしてください」
「いいじゃない、遠慮しなくてもさ」

 僕は、男の背中に負ぶわれていて、男は自分の荷物も僕の荷物も持って僕を背負って、それは大荷物で滑稽な格好だったけれど。

「夕飯を調達に行っていたんだ。本当に──」

 男はそういって、口を閉ざした。前を向いたままで背負われたままの僕からは横顔しか見えなくて。心配はしてないような顔だったけれど、この言動は、僕はよっぽど心配されるような様子だったのだろう。
 火事の夢を見たのかもしれない。記憶が曖昧であのときのことはよく覚えていない。
 思い出をすべて失ったのも、現在のすべてを手に入れたのも、あのときの火事がきっかけだ。町中が焼けたのだという。僕の家も、家族も、焼けてなくなった。

「うそだなんて、いってませんよ」

 僕はぽつりとつぶやいた。

 夕焼けはとっくに終わっていた。夜の涼しい風が吹いてきた。


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 自分の中の夕焼け像が、変わってしまったのだと思う。
 あのときの感情はだいぶ整理されて心の中にしまわれている。

 ……とかシリアスな展開の魔術師と魔術助手。んでも、時間的には追われる昼下がりの続きだから、魔術師は海苔眉毛なんだなー
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by plasebo55 | 2006-08-24 22:30 | オリジナル小説
「はあ、びっくりしたねえ」

 さんざん追い回されて町を飛び出したあととは思えない気楽な声音で、男が言った。

「なんで、こういうときに魔術を使わないんですか」

 息を切らして僕は問う。汗だくで前髪の先からもしずくが落ちる。心臓がばくばくいってこめかみがどくどくして、酸欠と疲労でこらえきれずに座り込んだ。街道を脇にはずれた草むらに、男も荷物を放り出すと寝転がる。

 男は魔術師だ。もろもろの事情で免許を剥奪されて魔術を禁止された身の上だが、魔力は消去されず、だから魔術ももちろん使える。その男がその気になれば、空間転移で町を脱出することはおろか、瞬きする間に大陸横断だってできるのだ。それを、捕まったら自国に強制送還されて懲罰、どころではすまないかもしれないのに、騎兵隊やら警備兵やらにしつこく追い回されて、槍を突きつけられて。

「そうか。忘れていたな」

 男は僕を見て屈託なく笑った。



「うそつき」

 低くうめく。男は聞こえなかったのかふりなのか、あー楽しかった、などと手で顔に風を送りながら言っている。今にも大声で笑い出しそうで、くつくつと笑みを漏らし肩をふるわせている。

 まったく信じられない。魔術師免許を取り上げられて、それで今までずっと魔術を使わなかったのなら別だ。が、男は汽車に間に合わないからと空間転移をしたり、けんか相手の頭を殴って割れた花瓶を、弁償する金がないからと魔術で復元したり、どぶ掃除のアルバイトをネズミに手伝わせたりもしたのだ。
 そんなしようもないことに魔術を使うのに、今の、命がけで町を逃げ回る際には魔術を忘れていたなんて、そんないいわけ通じると思っているのか。

「ちょっと、寝ないでくださいよ」

 こんなところで。まだ、町から騎兵隊が追いかけてくるかもしれないのに。

 いつの間にか目をつむっていた男は、目を開けないまま手をひらりとふった。

「見張っててくれるんだろう。危なくなったら起こしてよ」
「一人で逃げるかもしれませんよ」

 できるかぎり冷たく言ってやる。男はようやく困ったようにうなって、片目を開けた。深い青色の瞳が僕の表情を確認する。

「しょうがないなあ」

 男は寝転がったままのびをすると、そのまま草むらを転がって僕の前まで来る。

「え?」
「じゃあ起こさなくていいよ。おやすみ」

 よっこいしょ、と。男は座り込んだままの僕の膝に頭を乗せて。もう一度ひらりと手を振るとそれきり身動きしなくなった。

「ちょ、ちょっとちょっと!?」

 揺すっても眉一つ動かさない。耳元で大声を出しても、ゆったりとした寝息が返ってくるだけだ。

 確かにこれなら僕が逃げようとすれば、起こさなくてもわかるだろうけれど。僕は天を仰ぐ。こんなのってありなのだろうか。まだ汗の引かないところにくっつかれて、うっとうしいほどに熱い。

「自分だけのんきにいようなんて、ずるいですよ」

 僕は手近なところに転がっていた男の荷物を引き寄せると、タオルを取り出し汗を拭いた。それから携帯用の筆記具を取り出しペンのふたをはずす。

 この男が、のり眉毛にされる危機が迫っても目を覚まさないのかどうか、確認するために。
 
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by plasebo55 | 2006-07-05 00:19 | オリジナル小説
 転がり落ちた。

「良い天気だねえ。こうやってのんびり国外に出られるなんて、考えてもみなかったよ」

 転落したのだ、人生の、なんというのだろう、正道から。
 ため息が出る。つい先ほどまでは、バラ色とまではいかないが、それでもできすぎた人生だったと思う。僕は17という年で魔術助手1級にまで上り詰め、将来を約束された身だった。確かに国外に出られないという制限はあったけれど、住居も賃金もそれから自分の時間も与えられて、王宮にあがるチャンスまであったのだ。1級の免許を持つ魔術師に仕える事自体、名誉なことなのだ。すべて、手の中にあった。なかったのは人と巡り会う運だけだった。

 致命的だ。

「どうしたんだい、難しい顔をして」
「いえ、どこでつまずいたのだろうかと思いまして」

 見下ろしてくる男の顔を見ないようにして言うと、ふうん、と疑問をはらんだ息と首を傾げる気配。

 あなたにつまづいたんだ、とは、言えない、さすがに。

 ぐっと奥歯を噛んで堪える。言うことができないは、その男が僕の仕えるべき人であったからでも、魔術師1級免許を持っている実力者だからでも、大陸最高魔術師の肩書きを持って人から尊敬されているからでも、まったく、なかった。
 だいたい、その男は魔術師免許を剥奪されてしまって、魔術助手を必要としなくなり、大陸最大知名度のただの人になりさがったのだ。

「さて、どこに行こうか。どこか見たいところはあるかい」

 それなのに、あまりに気楽な声を向けてきて、僕から喋る気力を奪う。

「いえ、あんまり」
「なんだかなあ。若いのに欲のない」

 あきれたような声を出すくせに、表情はちょっぴり困ったようにやんわりと笑っていて。僕がこの男に逆らえないのは、こうやって見守るように笑われるところと、恐ろしく絡み癖が悪いところがあるからだ。

「魔術なら三大都市間だってひとっ飛びだよ? この際だから世界旅行でもしようじゃないか」
「あなたは免許剥奪されたでしょう。魔術を使ったら罰せられますよ」
「使えるのに使わないなんてもったいないじゃないか」

 まるで聞き分けのない子に言うような口調を僕に向ける。それからすぐににこりと笑って口を開いた。

「魔力を消去されなくてよかったよ。もしそうだったら、さすがに世界旅行は無理だったろうからね」
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by plasebo55 | 2006-03-27 23:59 | オリジナル小説