「人狼なんているわけないじゃん」
あくびをすると、彼女が咎めるように眼差しを細くする。
「だって」
君が昨日、寝かせてくれなかったから。
なんて言ってみたいものだけれど。
「こんなに朝早く、どうかしてるよ」
いくら緊急だって言ったって、そう、みんな大袈裟すぎる。
もう一度あくびをすると、彼女は微かに苦笑した。
彼女が寝かせてくれなかったのは事実だ。でも大人の事情とかそういう色気のある話じゃない。彼女は幼なじみで、小さいときから恐がりで、いい歳になった今でも夜が恐いと言って、恥も遠慮もなく僕の家を訪ねてくるのだ。そんな日がひと月に2回ほどあるだろうか。夜半うっかり眠りこけたりしようものなら、半泣きの顔でたたき起こされる。そんな眠れない夜が丁度昨日。
「眠いな……寝てていい?」
さらにその、次の日だ。
あくびが漏れる。
彼女は昨日も、やってきた。
無言で、青白い顔をして。
二日連続なんて今までないことだったけれど、みんなが村はずれで見つかった旅人の死体の話をしていたから、そのせいだろうと思った。いつもの、僕の話に軽快に相づちを打って、笑って、怒って、そんな乗せ上手な彼女は消え失せていて、僕も次第に、確かにあの話は驚いたねなんて、心のこもらない声で間を埋めるしかなくなった。
「お茶でもいれる?」
話がもう、本当に尽きてしまって。
椅子から腰を上げると、彼女に腕を引かれた。
すぐ戻るから。
音になったら少し苛立ちが紛れていたと思う。
それを遮ったのは、彼女の唇で。
驚いている間に、もう一度、キスをされた。
うってかわって、むさぼるような、深いキス。
「……ねむい」
頭を振る。
自室の窓から見える景色はすっかり夜だけれど、月の光が明るくて村の様子がよく見える。
ベッドに腰掛け息を吐く。
今夜も来るようなら、きちんと問いただそう。
昨夜の彼女を思い出す。怯えた表情、重ねた唇、いつもと違う、彼女の様子。柔らかい感触を思い出しても胸の高鳴りなんて感じない。むしろ、胃のあたりが冷えるような感覚。
閉じそうな目とは反対に、妙に頭が冴えている。
聞こえる鼓動はいつもより早い。
彼女は今日も、来る。
確信めいたものがあった。
とんとん。と。
微かなノックの音に迷わず立ち上がると、相手を確認せずに扉を開ける。
「やあ、いらっしゃい」
扉が開ききる前に口にして、開いた口はそのままになった。
彼女は泣いていて。
涙をこぼす瞳は、赤く、輝いていて。
どうしたの、と問う前に。
唐突に理解した。
「上がって。どうぞ」
見つめた視線を和らげて、いつも通り、彼女を家に迎え入れる。
案内する必要もない、招き慣れた自室への廊下を歩きながら、必死に考える。
なにか、言わないといけない。
昨日口にしていればなにか違ったかもしれない言葉。
今日でもまだ彼女に届くかもしれない言葉。
そんな言葉、はたしてあるのだろうか。
だって彼女は、ずっと――
足が、止まる。
付いてきた静かな足音も、止まる。
自室の扉を開ける。
き、とかすかに軋んだ音がした。
意を決して、振り返る。
なるべく自然に見えればいいなと思いながら。
「ねえ、―――――」
***
原型