ふつうを捨てた街 1
2005年 11月 15日
視界は朱色とセピア色の間を行ったり来たりしていた。
がくり、がくりと足がもつれるたびに景色が揺れる。
地面が近づいて、どさり。頭をぶったようだが痛みは感じなかった。
死んだな。
死んでない、と言う力は残っていなかったので、私は黙ったまま目を閉じた。
「ああ、目が覚めた?」
目を開けたときにおかしかったのはその声だけで、視界は正常だった。アパートとアパートの壁の隙間から、青い空が見える。窓と窓を繋ぐ物干し用のロープが、所々青空を区切っている。空の色は青じゃない、というのなら目はおかしなままだが、幸いそういう声は聞こえなかった。耳も正常なようだ。
死んでない。死んではいないが、死んでいない理由に思い当たらない。
背中に触れる感触はひどく堅いが、頭の下は柔らかく、暖かい。右手を上に、左手を背後に向けて伸ばす。左手は、予想通り、冷たいコンクリート、段差があり、見るとたかだか三段程度の緩い階段に寝そべっていた。
右手が頭のしたにあるものに触れる。柔らかい。
「膝だよ、それ。腿、大腿部。腕枕の方がよかった?」
上から、声が降る。顔を覗き込まれた。影を落として、ふわふわの髪の女が顔を近づけてきた。
慌てて、手を引っ込める。
「な、なにを」
「なにを?」
けらりと笑って、女が顔を離した。自分の後ろに腕を着いたのだろう。軽く胸を反らした姿勢。
私は顔を赤らめて、体を起こした。女、といってもまだ私の半分ほどの歳だろう。少女、とは呼べないだろうが、それでもかなり若い。
「見知らぬ男に膝枕なんかして、おかしいだろう」
「おかしい?」
どもる言葉に、のど元に手をやると、ゆるめられたネクタイに触れる。上着は脱がされているがスーツ姿は変わりない。ネクタイを締め直すべきかそのままほどいてしまうか、曖昧な手つきでそれをいじりながら、横目でこっそりと女を見た。女はさらに幼い仕草で指先を顎に当てしばし悩むように首をかしげた。
「呼吸あり、脈拍あり、心肺蘇生の必要なし。安静確保。おかしいところ無いと思うのだわ」
「……おかしいだろ」
つぶやく。女はそう?と首をかしげた。
「襲われたらどうするんだ」
それも、こんなに人混みのないところで。警戒心をちっとも見せない女を半ば睨むようにして見る。女は今まで私の頭があった膝に手を置いて、少し前に屈むようにして私の顔を見る。
「あたしの体を抱いたら、生きてはいられないのだわ」
「やくざにでも囲われているのか?」
驚いて、逃がしていた視線を、まっすぐ女に向けると、女はまたけらけらと笑い出した。女の瞳は不思議な色をしていて、赤を薄めたようなピンクの色をしていた。
「そんなわけないでしょ」
なにが、そんなわけないんだ?
頭の中が混乱する。やくざに囲われているわけがないのか、その前の言葉自体が嘘なのか。
混乱する私を見透かすよう、女はけらけらと笑い続けた。
がくり、がくりと足がもつれるたびに景色が揺れる。
地面が近づいて、どさり。頭をぶったようだが痛みは感じなかった。
死んだな。
死んでない、と言う力は残っていなかったので、私は黙ったまま目を閉じた。
「ああ、目が覚めた?」
目を開けたときにおかしかったのはその声だけで、視界は正常だった。アパートとアパートの壁の隙間から、青い空が見える。窓と窓を繋ぐ物干し用のロープが、所々青空を区切っている。空の色は青じゃない、というのなら目はおかしなままだが、幸いそういう声は聞こえなかった。耳も正常なようだ。
死んでない。死んではいないが、死んでいない理由に思い当たらない。
背中に触れる感触はひどく堅いが、頭の下は柔らかく、暖かい。右手を上に、左手を背後に向けて伸ばす。左手は、予想通り、冷たいコンクリート、段差があり、見るとたかだか三段程度の緩い階段に寝そべっていた。
右手が頭のしたにあるものに触れる。柔らかい。
「膝だよ、それ。腿、大腿部。腕枕の方がよかった?」
上から、声が降る。顔を覗き込まれた。影を落として、ふわふわの髪の女が顔を近づけてきた。
慌てて、手を引っ込める。
「な、なにを」
「なにを?」
けらりと笑って、女が顔を離した。自分の後ろに腕を着いたのだろう。軽く胸を反らした姿勢。
私は顔を赤らめて、体を起こした。女、といってもまだ私の半分ほどの歳だろう。少女、とは呼べないだろうが、それでもかなり若い。
「見知らぬ男に膝枕なんかして、おかしいだろう」
「おかしい?」
どもる言葉に、のど元に手をやると、ゆるめられたネクタイに触れる。上着は脱がされているがスーツ姿は変わりない。ネクタイを締め直すべきかそのままほどいてしまうか、曖昧な手つきでそれをいじりながら、横目でこっそりと女を見た。女はさらに幼い仕草で指先を顎に当てしばし悩むように首をかしげた。
「呼吸あり、脈拍あり、心肺蘇生の必要なし。安静確保。おかしいところ無いと思うのだわ」
「……おかしいだろ」
つぶやく。女はそう?と首をかしげた。
「襲われたらどうするんだ」
それも、こんなに人混みのないところで。警戒心をちっとも見せない女を半ば睨むようにして見る。女は今まで私の頭があった膝に手を置いて、少し前に屈むようにして私の顔を見る。
「あたしの体を抱いたら、生きてはいられないのだわ」
「やくざにでも囲われているのか?」
驚いて、逃がしていた視線を、まっすぐ女に向けると、女はまたけらけらと笑い出した。女の瞳は不思議な色をしていて、赤を薄めたようなピンクの色をしていた。
「そんなわけないでしょ」
なにが、そんなわけないんだ?
頭の中が混乱する。やくざに囲われているわけがないのか、その前の言葉自体が嘘なのか。
混乱する私を見透かすよう、女はけらけらと笑い続けた。
by plasebo55
| 2005-11-15 23:27
| オリジナル小説