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今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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ふつうを捨てた街 2

 首を中途半端に絞めているネクタイをいじりながら、私は視線だけで周りを見回した。アパートもその隙間の小道も、腰掛ける階段も、大まかに整形された石が並べられて作られていた。かといって灰色の街、という訳でもない。赤や黄色みを帯びた石や、緑がかったものが所々に混ぜられて、明るく柔らかい印象をうけた。

 たった三段ばかりの階段の一番下に腰掛けている。隣には女が座っている。
 横目でちらりと確認する。無理して手を伸ばせば肩を抱けそうだが、ぴったりと隣り合っているというわけではない。微妙な距離を開けて座っている女は、のどかな様子で空を見上げていた。もしかするとアパートの間に翻る洗濯物か、はたまた別の何かを見上げているのかも知れなかったが。
 とにかく、上を向いていた。

「ちょ、ちょっと待て」

 思わず立ち上がる。

 今の、と言いかけて女は見ていなかっただろう、と口をつぐむ。前を見ていたのは私だけだ。アパートの隙間から見える通りを見ていたのは。

 女が注文を聞きに来たウェイトレスのような曖昧な表情で私に首をかしげて見せた。

「今、後ろ向きで……」

 声が小さくなる。アパートとアパートの壁で区切られた通りを、行き交う人々は一瞬で通り過ぎる。見間違いだったかもしれないと、言葉を吐きながら思う。意識して見ていたわけではないのだし。
 けれど、黙ってしまうとまた先ほどの光景は確かに自分の見えたとおりだったという確信がわき上がる。

 人が、後ろ向きで歩いていた?

「ああ」

 女の、なんて事のないような、声。びっくりして女を見ると、彼女は通りに目をやっていた、今はいないその人を見るように。
 上から覗く横顔が、ほんの少しだけ笑っている。

「あの人は、いいのだわ、あれで」

「いいって」

 開いた口がふさがらない。

「前向きに歩いたら時間は進むのだから、後ろ向きに歩けば時間は戻る。そういう理屈なのだわ」

「そんなわけ」

「そうね」

 そんなわけがない。言いかけた言葉を遮って、女は楽しげに笑って同意する。膝の上に片方頬杖をついて、目を細めた。

「……ふつうじゃない」

 そんな理屈をこねて後ろ歩きをする人間も、それを認めるような発言も。誰も騒ぎ出さないことも。

 上から女を見る私の目は、疑惑を通り越して嫌悪の色を帯びていただろう。睨むようにして女を見下ろしたが、女は頬杖をついたまま通りを見ていて、こちらに気が付いた様子はなかった。
 くすり、と笑い声を漏らす。

「ふつうはないのだわ、この街は」

 女は言うと、立ち上がって伸びをした。
by plasebo55 | 2005-11-25 22:52 | オリジナル小説