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今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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渇望

「ねえ、お願い」

 クインシーは自分が混乱と、恐慌状態に陥りかけていることに気が付いた。突然のことだった、彼女が倒れたのは。
 基地の冷えた廊下に倒れた彼女を抱き起こす。血の気を失って蒼白な顔、それ以上に色を失って肌が透明になりかけていた。

「マリー」
「お願い」

 差し出される手を握る。あまり力を入れると、握りしめた手の中で消えてしまうのではないか。そう感じる手応えのなさ。触れている感触が薄い、肌の色と同じように、存在が薄くなっている。

 彼女は、ある少女のクローンだ。
 オリジナルの少女の持つ特殊な能力を増やすために作られたクローン達の、ひとり。
 自らの命を分け与え、傷ついた兵士を癒し、また前戦へと送り出す。そのためだけに生み出された、自我を持つ、道具。

 それが、今、自分の腕の中で死のうとしている。

 当たり前だ。クインシーは奥歯をかみしめる。いつかこうなると思っていた。自分をクローンと知っていた彼女は、ずっとそれを望んでいたのだから。自らの死を、無に還ることを。そのために進んで能力を使い続け、自分の存在を薄れさせた。

 いつでも微笑みながら。
 彼女はずっと揺るがない決意で自分を殺し続けたのだ。

「冬司には、知らせないで」
「なぜだ。冬司は……おまえのことを」

 なんと続けたらいいのか。微笑む彼女を見下ろして、クインシーは唇を噛む。冬司は、彼女の死を見なければ、事実を受け入れることはできないだろう。死んだことさえ信じようとはしないだろう。
 だがそれを彼女に言うことはためらわれた。
 彼女が唯一心を開いたのが冬司だ。冬司の頑固さが彼女の心を救ったとさえ言って良い。
 彼女は、けれど冬司に、自分の秘密を打ち明けられなかった。オリジナルではないことを告げられなかった。今からでは、彼女が必要なだけ、冬司が必要なだけ、言葉を伝える時間はないだろう。

 それならいっそ、伝えないまま逝くというのか?

「もし彼が立ち止まるなら、そのときは」

 それで、いいのか?

 クインシーは、穏やかに微笑む彼女の手を握りしめる。握りかえしてくる彼女の存在感が、ふと、手から逃げていく。

「Mの」

 さあ、と。潮が引くように。

 彼女の体は薄く輝く金色の光になって、あっという間に散って、消えた。

「マリー」

 自分の声が、か細く聞こえる。
 クインシーは握りしめていたこぶしを開いた。彼女の手を握っていたはずの手の中から、金色の光が一粒、漂いだして、やがて消えた。
by plasebo55 | 2006-02-26 20:19 | オリジナル小説