渇望
2006年 02月 26日
「ねえ、お願い」
クインシーは自分が混乱と、恐慌状態に陥りかけていることに気が付いた。突然のことだった、彼女が倒れたのは。
基地の冷えた廊下に倒れた彼女を抱き起こす。血の気を失って蒼白な顔、それ以上に色を失って肌が透明になりかけていた。
「マリー」
「お願い」
差し出される手を握る。あまり力を入れると、握りしめた手の中で消えてしまうのではないか。そう感じる手応えのなさ。触れている感触が薄い、肌の色と同じように、存在が薄くなっている。
彼女は、ある少女のクローンだ。
オリジナルの少女の持つ特殊な能力を増やすために作られたクローン達の、ひとり。
自らの命を分け与え、傷ついた兵士を癒し、また前戦へと送り出す。そのためだけに生み出された、自我を持つ、道具。
それが、今、自分の腕の中で死のうとしている。
当たり前だ。クインシーは奥歯をかみしめる。いつかこうなると思っていた。自分をクローンと知っていた彼女は、ずっとそれを望んでいたのだから。自らの死を、無に還ることを。そのために進んで能力を使い続け、自分の存在を薄れさせた。
いつでも微笑みながら。
彼女はずっと揺るがない決意で自分を殺し続けたのだ。
「冬司には、知らせないで」
「なぜだ。冬司は……おまえのことを」
なんと続けたらいいのか。微笑む彼女を見下ろして、クインシーは唇を噛む。冬司は、彼女の死を見なければ、事実を受け入れることはできないだろう。死んだことさえ信じようとはしないだろう。
だがそれを彼女に言うことはためらわれた。
彼女が唯一心を開いたのが冬司だ。冬司の頑固さが彼女の心を救ったとさえ言って良い。
彼女は、けれど冬司に、自分の秘密を打ち明けられなかった。オリジナルではないことを告げられなかった。今からでは、彼女が必要なだけ、冬司が必要なだけ、言葉を伝える時間はないだろう。
それならいっそ、伝えないまま逝くというのか?
「もし彼が立ち止まるなら、そのときは」
それで、いいのか?
クインシーは、穏やかに微笑む彼女の手を握りしめる。握りかえしてくる彼女の存在感が、ふと、手から逃げていく。
「Mの」
さあ、と。潮が引くように。
彼女の体は薄く輝く金色の光になって、あっという間に散って、消えた。
「マリー」
自分の声が、か細く聞こえる。
クインシーは握りしめていたこぶしを開いた。彼女の手を握っていたはずの手の中から、金色の光が一粒、漂いだして、やがて消えた。
クインシーは自分が混乱と、恐慌状態に陥りかけていることに気が付いた。突然のことだった、彼女が倒れたのは。
基地の冷えた廊下に倒れた彼女を抱き起こす。血の気を失って蒼白な顔、それ以上に色を失って肌が透明になりかけていた。
「マリー」
「お願い」
差し出される手を握る。あまり力を入れると、握りしめた手の中で消えてしまうのではないか。そう感じる手応えのなさ。触れている感触が薄い、肌の色と同じように、存在が薄くなっている。
彼女は、ある少女のクローンだ。
オリジナルの少女の持つ特殊な能力を増やすために作られたクローン達の、ひとり。
自らの命を分け与え、傷ついた兵士を癒し、また前戦へと送り出す。そのためだけに生み出された、自我を持つ、道具。
それが、今、自分の腕の中で死のうとしている。
当たり前だ。クインシーは奥歯をかみしめる。いつかこうなると思っていた。自分をクローンと知っていた彼女は、ずっとそれを望んでいたのだから。自らの死を、無に還ることを。そのために進んで能力を使い続け、自分の存在を薄れさせた。
いつでも微笑みながら。
彼女はずっと揺るがない決意で自分を殺し続けたのだ。
「冬司には、知らせないで」
「なぜだ。冬司は……おまえのことを」
なんと続けたらいいのか。微笑む彼女を見下ろして、クインシーは唇を噛む。冬司は、彼女の死を見なければ、事実を受け入れることはできないだろう。死んだことさえ信じようとはしないだろう。
だがそれを彼女に言うことはためらわれた。
彼女が唯一心を開いたのが冬司だ。冬司の頑固さが彼女の心を救ったとさえ言って良い。
彼女は、けれど冬司に、自分の秘密を打ち明けられなかった。オリジナルではないことを告げられなかった。今からでは、彼女が必要なだけ、冬司が必要なだけ、言葉を伝える時間はないだろう。
それならいっそ、伝えないまま逝くというのか?
「もし彼が立ち止まるなら、そのときは」
それで、いいのか?
クインシーは、穏やかに微笑む彼女の手を握りしめる。握りかえしてくる彼女の存在感が、ふと、手から逃げていく。
「Mの」
さあ、と。潮が引くように。
彼女の体は薄く輝く金色の光になって、あっという間に散って、消えた。
「マリー」
自分の声が、か細く聞こえる。
クインシーは握りしめていたこぶしを開いた。彼女の手を握っていたはずの手の中から、金色の光が一粒、漂いだして、やがて消えた。
by plasebo55
| 2006-02-26 20:19
| オリジナル小説