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今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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敵の敵も敵。

 暇つぶしのウナギご飯さま:意図。より。

 僕は、いらいらとしてベッドの上に転がったり、立ち上がったり、部屋を出ようとしたり、やっぱりベッドに倒れ込んだり、刀を抜いたり、していた。なんでこんなにいらいらとしているかわからなくて、たぶんさっきの女の口ぶりとか態度とかそんなもののせいだと思っていた。何度も何度も、そう思おうとしていた。それができればこのいらいらが、収まるんじゃないかと思って。

 薄々、僕の体は気が付いていたのかもしれない。それは見当違いな建前であると言うことに。僕の考えと僕の体のギャップが、いらいらにつながっているということに。

 じゃあ、僕の体はなにを思っているというのだろう。僕の体、僕のものじゃないみたいに。
 振り抜いた刀、刃は水平に薙いだ形で止まっている。剣先は微動だにせず、それがまた僕をいらだたせた

 かつ、と硬い音に窓を見る。なにか銀色のものが、足下に転がった。

 今思えばどういう時間の流れだったのか、音がする前から窓を見ていたような気がする。僕は確かに考え事をしていて窓なんか見ていなかったし、音がしてからそちらを見たはずだった。けれど、記憶の中には釘が窓カラスを突き破る瞬間が残っている。そして、釘には糸が結ばれていて、糸がきらりと赤く輝いたことも。
 僕が見たわずかな情報で、よりによって窓から飛び出すなんてことは考えられない。僕にはなにがなんだかわからなかった。小石か何かが窓に当たったと思ったんだ。だから、誰かがそそのかしたとしか思えない。飛び出さなければ死んでしまう、と。
 おかしなことだけれど、確信があった、その言葉は正しい、と。でもいったい誰が言ったというんだ? 思いついた瞬間、足下から頭へと抜けるような震えに襲われた。僕は悲鳴をあげた。

  *  *  *

 糸を張ったのは無意識だった。無意識だったけれど、それを知ったとき、私は私自身の中にある未練がましくて空恥ずかしいまでの生への執着を、誇らしく思った。男の抱擁が終わらなくても、三手までに届かなくても。

 あの日から、私は死をひどく嫌っていた。死んでしまうことを強く、憎んでいた。その思いが、私を突き動かしたのだろう。私はあのときから少しも変わっていない。あのときと強さも弱さも変わらない。そう、わかると、糸をつかんでいた右手がゆるんだ。右手だけじゃない、膝から、全身から力が抜ける。
 鋼の手での抱擁に、処刑屋の腕に、くずおれる体が支えられる。それはまるで処刑屋が私の死を許さないように感じられて、可笑しくて、少しだけ笑えた。軟らかな肉の方が斬りにくかろう、などと、妙な対抗心を持つ余裕さえあった。

 咆哮、が──

 ずいぶん遠くから聞こえたような気がする。彼の泊まっている部屋はほとんど真上だったはずだが。糸は、どうやらちゃんと彼に届いたようだ。助かると思ったわけではない。現に、地面にくずおれた体からは言うことをきかず、それもそのはずで、みるみるうちにできあがった血だまりが自分の体を浸していた。

 鋼同士の打ち合わされる高い音。何かが目の前に落ちてきて、それは処刑屋の鋼の爪の一本だった。
 それを踏みつけるように。私の体を跨ぐように、少年の体を持った何かが降り立った。おぞましい笑みを浮かべて。

「これは、『俺』の敵だ。お前は、『俺』の敵にふさわしいか?」

 私は、彼の、少年の、名前を呼ぼうとした。けれど、唇は震えるだけで、うまくいかなかった。
by plasebo55 | 2006-08-08 22:23 | リクエスト小説