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今日もどこかで空想中。小説と戯れ言の居場所。


by plasebo55
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八時半

 一時間後、携帯電話のアラームに起こされたのは自分だった。
 残念なことだ、と啓介は眠い目をこすり、学校までの道のりを歩く。空白の時間を埋めるという尻ぬぐいは、自分に押しつけられたのだ。明け方感じた安堵はもうカケラも残っていなくて、ただただけだるい。

 服を着替えるときに体を確認した。たいした怪我はしていなかった。危ないことはしなかったのだろう、この体は。無意識でも自分の生命が危なくなるようなことはしない、できない。催眠術にかかっていたとしても、人を殺したり自分から死に飛び込んだりは、容易なことではないというし。

「よお、啓介」

 声より先に背中を叩かれる。前のめりになってたたらを踏んで、啓介はようやく後ろを振り仰いだ。

「……大地」
「今日はおまえさん、時間どおりかよ。こりゃあ明日は雪でも降るかな」

 声の主は確認するまでもない。百九十センチを越える大男はまるきし冗談の口調で言って、豪快に笑った。大地、今踏みしめる地面と同じ字を書いてもダイヂと発音する。いっそ大きい児で大児であれば名は体を表すのにな、と言ったときも、大地は同じように豪快に笑った。

「いつもどおりだろ」
「なに言ってやがる。昨日もおとといも不登校のくせして」
「そうだったか?」

 うそぶく。この体、学校には行かなかったらしい。大地が嘘をつくことなど念頭に置いてはいないが、もともと学校など好きではないから、無意識であればその行動は当然に思えた。では、どこへ行って何をしていたのか。それを考える段階になれば、学校に行かない自分の体が恨めしいが。

「たいがいにしとけよ。まあ学校はどうでもいいけどな」
「いいのかよ」
「俺はな。梨香ちゃんがえらい怒ってたけど」
「……梨香が?」

 短く声が漏れる。にやにや笑いの大地は忘れてたのか? といらぬ詮索をしてくるが。梨香は啓介の恋人だ。昨日、会う約束をしていたはずだ。この体、梨香との約束をすっぽかしたのか。

「まずいな」

 頭を抱える。梨香には少なからず惚れている。謝らなければならないが、どう理由をつければいいのか。口から出任せを言ってつじつまが合わなければ、相手をさらに怒らせることになる。

「梨香、なんか言ってたか?」
「カプティオレのショートケーキ買ってきて土下座しても許さない、とかか?」
「どこのケーキだそれ」

 ぐったりして聞き返すと、まてまて、と大地は携帯電話を取り出した。

「確か梨香ちゃんからもらったメールに」
「つか、なんでおまえ梨香とメール交換してんだよ」

 朝からこれ以上ショックを与えてくれるなよ。啓介は動じない大地を恨みがましい視線で見た後、空を仰ぎ見た。底抜けに青い空だ。
by plasebo55 | 2006-10-09 14:56 | オリジナル小説