それの、存在理由。
2006年 11月 13日
暇つぶしのウナギご飯さま:雷光の照らすもの。より。
無かったことになどできないのだ。
どんなに忘れたふりをしていても、俺は、覚えている。
* * *
閃光。雷鳴。鮮明な光と闇の中に、生あるもの等が浮かび上がる。
黒い衣装の男たちは、その数を半分にしていた。不測の事態だった。これだけの手練れがもう一人いた、などという情報はなかった。いや、確かに先代の王にはひとりだけ従者が付き添って暮らしているというのは聞いていた。が。
「何者だ」
手練れ、という風体でもない、未だ大人の骨格にもなっていない、少年。稲光にその姿が浮かび上がる。右手に刀を、左手に払った鞘を持ち、全身のどこにも力のない、幽鬼のような姿で立っている。
雷鳴。
どこにも動き出す気配は無かったというのに。
ごろりと。男たちの足下に重いものが転がる。鋭く視線を向けると、闇に沈んでいくそれが黒い頭巾に覆われている何かだと、わかる。遅れてどさりと、大きな体が倒れ込んだ。
また、少年に動いた気配はない。ない、が、間違いなくこの少年が首を飛ばしたのだ。
男たちは視線を交えた。一瞬だ。
一人は前へ、一人は窓へ。
はじめから役割が決まっていたのだろう、不測の事態が起こっても、必ず情報を持って帰る、そのために誰が生き残るのか。たった一人を生きて帰すために、残る五人は足止め、捨て駒となる、そういう使命を帯びた集団だった。
前にでた男は、少年へと間合いを詰める。無駄な動きは隙を生む。フェイントさえ織り交ぜず、一瞬にして自分の間合いに飛び込む。
少年の体が揺らめく。
くずおれるのかと思った。しかし膝をついたのは男の方だった。右の脇下から首の左へ、少年の持つ刀は切り抜けていって、けれど男は何が起こったのかわからず、倒れた。
少年は動きを止めなかった。変わらず緩慢に見える動きで、けれどあっというまに外へ出ようとした男に追いついた。窓を突き破り外に飛び出そうとした男の延髄に、後ろから飛びかかり膝を打ち付ける。
二人でもんどり打って、泥にまみれる。
雨がひどい。たたきつける水の粒は大きくすぐに泥を洗い流した。
上になったのは少年だった。男は刀を握っていたが、動かせなかった。
右の腕は少年の左足が、左の腕は右の膝が、封じている。
男は何かを言おうとした。身をよじろうとした。けれど。
少年は男に何も与えなかった、死、以外は。
* * *
髪の毛も、衣服も、体に張り付いている。ひどい雨のせいで返り血の色もにおいもほとんど残っていなかった。跳ね上げた泥がズボンの裾を汚していて、靴の泥だけはどうにもならず、床を汚している。
少年は、刀をしまえぬまま、立ちつくしていた。
その人は、いた。その人の部屋の、その人がいつも書き物をする机の前に。
物言わぬ姿で。
胸の無数の傷口から血を流して。
「ああ、なんて人だろう」
なんとひどい仕打ちなのだろう。
少年が師と呼んでいた男は、少年を残して死んだのだ。
少年は一度も男に勝ることなく、男はその機会を与えずに死んでしまった。
「『この』心を壊したあなたを、『俺』は許すことができそうにない」
勝手に死んだ。少年からすべてを取り上げて。
煩わしさも安寧も住居も信じる人も何もかもを持ち去って逝った。
「『俺』はあなたの無念を晴らそう。だが、あなたのことは許せそうにない」
少年は持っていた刀を、骸の首へと押しつけた。
刃が斜めに滑り、肉を裂いていく。
血はほとんどでなかった。
「さようなら、父よ」
無かったことになどできないのだ。
どんなに忘れたふりをしていても、俺は、覚えている。
* * *
閃光。雷鳴。鮮明な光と闇の中に、生あるもの等が浮かび上がる。
黒い衣装の男たちは、その数を半分にしていた。不測の事態だった。これだけの手練れがもう一人いた、などという情報はなかった。いや、確かに先代の王にはひとりだけ従者が付き添って暮らしているというのは聞いていた。が。
「何者だ」
手練れ、という風体でもない、未だ大人の骨格にもなっていない、少年。稲光にその姿が浮かび上がる。右手に刀を、左手に払った鞘を持ち、全身のどこにも力のない、幽鬼のような姿で立っている。
雷鳴。
どこにも動き出す気配は無かったというのに。
ごろりと。男たちの足下に重いものが転がる。鋭く視線を向けると、闇に沈んでいくそれが黒い頭巾に覆われている何かだと、わかる。遅れてどさりと、大きな体が倒れ込んだ。
また、少年に動いた気配はない。ない、が、間違いなくこの少年が首を飛ばしたのだ。
男たちは視線を交えた。一瞬だ。
一人は前へ、一人は窓へ。
はじめから役割が決まっていたのだろう、不測の事態が起こっても、必ず情報を持って帰る、そのために誰が生き残るのか。たった一人を生きて帰すために、残る五人は足止め、捨て駒となる、そういう使命を帯びた集団だった。
前にでた男は、少年へと間合いを詰める。無駄な動きは隙を生む。フェイントさえ織り交ぜず、一瞬にして自分の間合いに飛び込む。
少年の体が揺らめく。
くずおれるのかと思った。しかし膝をついたのは男の方だった。右の脇下から首の左へ、少年の持つ刀は切り抜けていって、けれど男は何が起こったのかわからず、倒れた。
少年は動きを止めなかった。変わらず緩慢に見える動きで、けれどあっというまに外へ出ようとした男に追いついた。窓を突き破り外に飛び出そうとした男の延髄に、後ろから飛びかかり膝を打ち付ける。
二人でもんどり打って、泥にまみれる。
雨がひどい。たたきつける水の粒は大きくすぐに泥を洗い流した。
上になったのは少年だった。男は刀を握っていたが、動かせなかった。
右の腕は少年の左足が、左の腕は右の膝が、封じている。
男は何かを言おうとした。身をよじろうとした。けれど。
少年は男に何も与えなかった、死、以外は。
* * *
髪の毛も、衣服も、体に張り付いている。ひどい雨のせいで返り血の色もにおいもほとんど残っていなかった。跳ね上げた泥がズボンの裾を汚していて、靴の泥だけはどうにもならず、床を汚している。
少年は、刀をしまえぬまま、立ちつくしていた。
その人は、いた。その人の部屋の、その人がいつも書き物をする机の前に。
物言わぬ姿で。
胸の無数の傷口から血を流して。
「ああ、なんて人だろう」
なんとひどい仕打ちなのだろう。
少年が師と呼んでいた男は、少年を残して死んだのだ。
少年は一度も男に勝ることなく、男はその機会を与えずに死んでしまった。
「『この』心を壊したあなたを、『俺』は許すことができそうにない」
勝手に死んだ。少年からすべてを取り上げて。
煩わしさも安寧も住居も信じる人も何もかもを持ち去って逝った。
「『俺』はあなたの無念を晴らそう。だが、あなたのことは許せそうにない」
少年は持っていた刀を、骸の首へと押しつけた。
刃が斜めに滑り、肉を裂いていく。
血はほとんどでなかった。
「さようなら、父よ」
by plasebo55
| 2006-11-13 00:20
| リクエスト小説